鬚講師の研修日誌(33)
「皆の喜ぶ笑顔が大好き」
澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)
◆「施しは貯金なり」:会長の言葉
この言葉の発信者は研修グループH会長。ベスト業者会と称し、地域での食に関するトップ企業経営者の学びの会だ。各々の食品を扱う割烹店・ホテルレストラン・出張料理、食品製造、ユニフォームクリーニング、店内装設計、建築、経営コンサルタント、士業等々とその道のベスト企業経営者の構成だ。まさに高度人材のネットワークである。
H会長は青果物を全国的に供給する事業展開している。天候、自然災害など思わぬことが起きても決して顧客に迷惑かけない。そのためには多くの手を打ち多くの施しをされている。なぜならそんなときこそ「おかげさまで助かりましたHさん」と顧客が心配を一笑し、感謝の一報をいただくことが嬉しいと言う人だ。
また、特技の絵と言葉を組み合わせた独特の創作画は、各地の店舗の壁を飾り、壁画として室内を引き立てている。実はタイトルの言葉もH氏からいただいた額入りの創作画に描かれたものである。笑顔の文字は笑顔の絵が生かされている。まさに微笑ましさを醸し出している名作だ。
絵の評判の良さは当然「描いて下さい」とのお声がかりが多い。「良いですよ」快く引き受ける。「おいくらですか」の問いかけには「無料なり」と答える。「それホントですか?」、大方はお礼のお品をいただくと笑いながら話す。
実際の値は相当なのであろうと察するが、「喜んでくれることだけで良い。施しは貯金なり」がH会長の持論である。貯金はいつの日か笑顔の感謝の利子を付けて返ってくる。それが自身の喜びとのことだ。
ベスト会会員もこの考えに共鳴し、餅屋は餅屋の相互の専門力を駆使して気配り支援を交換している。だからこそ、会員各社は共栄への喜びを確保している現状だ。まさにH会長の皆の喜ぶ笑顔が大好きの現実である。
今回はこのH会長の言葉に着目して、小生の関わる研修や奉仕活動を探求してみよう。
◆創業塾でのミッションも同様
「皆の喜ぶ笑顔が大好き」—-このミッション(想い)で取り組んでいる学びの場が創業塾である。地元経済団体主催で実施され、小生も講師陣として関わっている。
小生の務めはプレゼンテーションに関する指導である。プレゼンテーションで大事なことは創業にかける自分の想いや情熱を伝えて、その実現策としてのビジネスプランを提案することだ。
その元(ミッション)が皆の喜ぶ顔がみたいという想いである。ならば、「喜ぶ顔を」とはどういうことか。それは、現状顕在化している様々の利便性をより向上させることであり、困り事である不の解決を成してあげることだ。具体的には現在の生活、仕事上で一応の満足をしていることでも「もっと」「さらに」の欲求の芽生えである。
あえて作る「不便」「不安」「不満」「不平」「不潔」「不信」さに、もっと良いものはないだろうか、もっと良い方法はないだろうかとの潜在欲求を満たしてあげることだ。それは新製品、サービス、システム、指導法、作品、技術……による新しい価値の創造への挑戦である。従って、既企業への不備を攻撃しての挑戦行動でもあり、「このようなものが欲しかった。ありがとう」との笑顔での評価を実現することである。
一例を紹介しよう。
昨年の当塾の受講者が先般、手づくり焼き菓子店をオープンした。こじんまりとしたセンスの良い店内に、店主が焼き上げる姿も硝子越しに見える。それに店主とバイト販売員の明るく、品良い人柄での接客がマッチングし、現在は大盛況だ。店主Nさんの喜ぶ笑顔が良い。
Nさん曰く。「お客様がまた来てくれる」「まとめ買いもいただき、皆に食べて喜んでもらうのは嬉しい」というお客様の笑顔の言葉が励みである」と。
創業のミッション「美味しい焼き菓子を提供し、喜ぶ笑顔が大好き」を実現している。伴走支援する講師陣の一員としても笑顔である。
次は、社員の活躍の元にスポットを当てて考察してみよう。
◆社員の描く仕事の想いも、お客様の喜ぶ笑顔が大好き
●小生が入社したときY先輩がまず説いてくれたのは、
「この仕事は作業してると思うのではない。世界の時計SEIKOを買ってくれた欧米のお客様が、5年経っても10年経ってもこの時計が正確に動いていると友人に誇らしげに見せびらかしている喜びの笑顔だ。また、国内で卒業祝い、就職祝い品として頂き10数年経ったとき『あのときいただいたSEIKOよ』と誇らしげに見せているお客様の笑顔を思い浮かべなさい。そのためにこの仕事があるし、君が担当する素晴らしさがある」
と言うことだった。
世界のお客様が笑顔で誇れるSEIKOウォッチをつくる。その一役を担う喜び感は今でも忘れることはない。
だからこそ、現在でも研修の場で「SEIKOの時計お持ちの方おいでですか?」とつい訊ねる。手が上がると、「ありがとうございます」と微笑む。休憩時には、SEIKOブランド時計の談義に共に笑顔の花が咲く。この人の時計も小生と同様、後輩が想いを込めた喜びづくりの賜であろうと感慨深いときでもある。
●70周年を迎えたお菓子メーカーS社では「お客様が当社のお菓子を一口頬張ったとき『美味しい!!』とニコッとするその笑顔を想い仕事をすること」とのイズムが徹底している。
それは創業者の言葉、
「いいか、お客様を思って、正直に親切にしろよ。お客様は思われた人を決して忘れない。思いが届かねえのは、思いがたりねえんだぞ」
「S社の初心はなんだったかというと、何でもいいからお客様に喜ばれる店になろう、それにはとにかく正直で親切な店になろう。これしかありません」
と70周年記念誌に紹介されている。
この想いは、「お客様に夢と感動を与えたい」との経営理念として現在に受け継がれている。
次なる80周年・100周年へと歴史づくりに、継承してきた古き良きことは生かし、新たな変わり様を創造する若き力の融合で、お客様の喜びづくりをさらに進化させている。小生の指導支援もここに軸足を置いている。
帰宅時には土産品を家族に振る舞う。家族も楽しみにしている。「チョコママ久しぶり」とほおずりして頬張る様が嬉しい。S社社員の想いを家族と共に交わす笑顔である。
次に、行政での実例を紹介しよう。
●「また来てね・また来るよ」をスローガンに掲げて行政サービスを施しているのはM町である。
職員研修に出講した折、町長からこの思いを基にした指導をと託された。住民と職員の笑顔の交流がまさにおもてなしの実践である。
窓口担当のAさんの一例を紹介しよう。
「80才位の高齢者がお見えになりました。手続きの仕方を説明しましたが、三度も同じことを訊かれました。その都度、初めてのお訊ねと心して丁寧にお応えしました。やがて、『こんな年寄りの話を何度も気持ちよく聞いてくれてすまないね。ホントにありがたいよ。悪いけどここに書いて下さいな。うちに帰って見せるから。そしてまた来させてもらうから。すまないね』と言われたんです。お書きし、出口までお送りしました。何度も頭を下げておられました」
と話された。
その場での心中はどうであったか。良くそれを越えての応対をされたとみた。
しかし、Aさんの笑顔が、小生の見立ての浅はかさを教えてくれた。Aさんに笑顔で「ありがとう。いい勉強させて頂きました」と感謝の一礼をさせていただいた小生である。受講者からの学びも嬉しいことだ。
「何のために職員となったか」。入職の想い(初心)それは、住民のお役に立てる喜びづくりにある。「おかげさまで手続きができた。ありがとう」。住民の笑顔がそこにある。
昨今の行政でのキーワードは、住民協働である。住民の社会活動・福祉活動も多い。当市でも秋の叙勲で40年間の人形劇団が緑綬褒章を受賞した。
「子供の喜ぶ顔が励みです」と新聞各紙の取材に、O代表はじめ団員が喜びの笑顔で答えている。我が妻もその一員である。
◆奉仕活動のT氏の心意気も凄い
S市に学友のS氏がいる。市内シニア団体5,000人のトップに立つ立場だが、活動範囲が濃く、面倒見もマメであリ、信頼が厚い人だ。
例えば、合同演芸会でもこだわりを見せる。出し物は唄。衣装は上下真っ白なタキシードを着込み、蝶ネクタイ、真っ白な靴で整える。都内での買い付けである。登壇は舞台の袖からではない。なんとイントロが流れ出すと、会場の後ろ扉からの登場だ。プロ歌手同様、握手攻めに合い登壇する。見事。台詞入りの曲ゆえ、感情込めた言い回しと振りは劇場俳優並だ。涙をこらえる観客もある。大拍手。称賛の声が飛び交う。何でそこまで? と問うと、「皆さんが喜んでくれればそれで良いんだよ」。さりげなく答える。
T氏はこのスター性を生かした高齢者施設の奉仕活動にも熱心だ。シニア団体で縁を得た人で構成した劇団である。小生はT一座と称している。ハワイアンダンス、カラオケ、踊り、コーラス、詩吟等とメンバーそれぞれの特技を生かしての出し物に、訪問先での観客は「思わず踊り出す人、昔を思い起こして歌い出す人、勿論涙する人もいますよ」、こう語ってくれるのはT氏の良きパートナーK氏である。K氏は舞台に立たずとも観客の様子、声をリサーチして出演者にフイ-ドバックされている。
さらにサポーターのS氏は、カメラを担いで撮影役を買って出て、思い出集として編集し配布されている。皆、奉仕精神での喜びづくりである。団員各自の出演する喜びは、T氏の面倒見よさの引き出す働きかけのマメさにある。
「今度の出番はいつでしょうか」と団員からの問いかけが多いという。それまではこのような歓喜の機会はなかった人たちだ。
「その機会づくりは私の役目ですよ。皆喜んでくれているので嬉しいね」。
自らが最高のスター性で演じ、皆を引き立て、観客の喜びを振り起こすT氏である。終演後の打ち上げで「貴方のお陰です」と、満面の笑顔で交わす握手場面がそこにある。
◆ギブすることを自然に成す
いくつかの事例を探索してきた。あえて共通項を導きだし探求してしてみよう。
喜びを創る心意気は利他主義に通じる。利他主義とは、相手のために成すことを第一義とすることであり、ギブすることの自然なる実践である。
ギブする。しかも、「やってやってるのに」との見返りを求めない。この局地に近い実践である。
確認してみよう。Give(与える)& Take(取る)の頭文字を組み合わせると5つのタイプに種別できる。即ち
①T・Tタイプ=いただくばっかりでそれが当たり前、してくれなければ「くれない族」で、していただいても感謝がない。
②T・Gタイプ=いただいたらやるよ。相手がやってくれないのに何でこちらがやる必要があるの……。
③G・Tタイプ=自ら先にする。そしていただく。これが普通。しかし、ギブしても見返りがないと、やってやったのに、の心情が湧く。これが「のに人間」。少々計算高いかな……。
④G・G・Tタイプ=GとTを相殺させてもGが残る。常に一つ貸しのできる人。
⑤G・G・Gタイプ=与えて、与えて見返り求めない。まさに徳のある人、神様だろうか。それ以上である。
⑤タイプになれずとも、せめて④タイプには、と心して諸処の奉仕活動やNPO法人での活動、出講に関しての思い入れでの施しに尽力している小生だ。想いを成すことによって「おかげさまで」の感謝の言葉をいただくときは共に交わし合う笑顔の、喜びである。
読者諸氏は如何であろうか。
ちなみに⑤タイプでは損するばかりという人もいるが、二宮尊徳翁の教えに「盥(たらい)の水」の例話がある。
盥に入った水を手前にかき寄せようとすれば、水は反対方向に逃げる。逆に向こうに押しやれば手前に寄ってくる。即ち人生揺り戻しである、との教えである。
「施しは貯金である」とのH会長の言葉と相通ずることでもある。いずれにしても紹介例での共通項の1つは、献身的施しの継続が産み出す相互の喜びの笑顔である。
◆喜びを創造する上に立つ人の6つの実践
もう一つの切り口から探求して見ると、上に立つ人の社員への働きかけがある。日常に落とし込んで喜びを創造する6つの実践の勧めとして提言とする。
(1)役割がもたらす喜びを丁寧に説く
一人ひとりの役割の素晴らしさを「何のためにこの役割があるのか」と丁寧に説明し、取り組む楽しみを喚起する。何としてもその実践に取り組む熱意が、的確な智恵を考えさせ、粘り強い実行の継続力を生む。結果として素晴らしい成果を生み喜びを享受する。
(2)できた喜びを得る肥料を施す
「できた」との達成の喜びを味合わせる必須条件は指導の施しである。任せる、思い切ってやってみよう、挑戦せよ。ここに共通しているのは、現存能力では不足分を承知での言葉である。ならば、不足能力をカバーする肥料を施す指導責任がある。
任せたけどできないじゃないか、それは指導の無精である。勿論、自己啓発支援、Off JTの活用、意欲喚起の施しも含めてである。成長できた喜びの実感も肥料の効き目である。
(3)報連相時のエールの施しが活きる
報連相を受ける機会の最適活用。それは達成に向けて本人の意気込みが、報連相として「こうなりました」「ここはこうしたいと考えますが……」。このノリの良さが嬉しさとなり、「知って欲しい、褒めて欲しい、アドバイスが欲しい」との接近となる。ならば、達成に向けて是々非々での判断で「褒め、認め、アドバイスし、励まし、君ならできるとエール」を送る。そのたびに本人にとっては達成時の笑顔が近づいてくる。
(4)聴き上手のコミュニケーションの実践
耳は二つに口は一つ。聞くことが大事と言う意味だが案外解っていない。忙しいから「あーしろ、こうしろ」の早口指示、上から目線の説法好きは困りもの。テレビドラマ『トットちゃん』でも4時間聞いてくれた校長に喜び、転校する。そして今の黒柳さんがあるという。
また、ベストセラー書籍『ビリギャル主人公』は塾先生が3時間、自分の悪ガキ話を聞いてくれた。この人ならと信じて猛勉強により大学入試に合格。「どうせできるもんか」と一笑していた皆が驚いた。その塾先生が著した本が100万部売れている。聴ける人は包容力のある人。聴いてもらった喜びは信頼となり、次に向けた喜働となる。
(5)引き出す支援の施し
各自の内在する魅力(能力・人柄)に着目して、顕在化する引き出す支援の施しを成す。誰でも、「認められたい、褒められたい、役割を果たしたい」の欲求を有している。自分なりに「これならいける」と密かに持ちうる自信分野もある。
しかしながら発信する勇気も乏しく、その機会を創ることが容易でない。だからこそ、多少の無理強いでも乗ってみることは多い。恥をかきたくない自意識が、更なる能力の磨きかけとなり、周囲からの褒め・認めがさらに力を付ける。
「貴方のお引き立てのお陰です」、こんな照れた笑顔の喜びづくりがここにある。
(6)率先垂範の感化がその点火なり
ローソクは点火される種火によって灯りをともす。上行えば下これ見習う。上の人の想いは自ら魅せる言動力によって集団の活力は決まる。率先垂範の言行一致によるオーラはこの人についていけば何かがあるとの勢いを生む。
現在の喜びの享受は棚ぼた式で得ることはない。厳しいことへの取組みで獲得する実りである。その先頭に立つ器量がやがて皆での喜びの万歳三唱である。
以上を記して今稿の結びとする。自分の笑顔が相手の笑顔をつくる。自分の喜びが相手の喜びをつくる。自分の元気が相手の喜びをつくる。喜びづくりは鏡の原則だ。自分の笑顔が鏡面に映る自身であり、相手である。
師走。望年会と称する場も多い。忘れる忘年会でなく、来たる年に新たな望を描く望年会である。今年の笑顔の喜びの施しを顧み、来たる年に向けて、関わる人に更なる喜びづくりの有り様を考えてみると良い。
新たな望は必ずワクワクする心意気を掻き立てる。それは「皆の喜ぶ笑顔が大好き」の想いの実現に向けての新たな希望のエネルギーである。
///////////////////////////////////////////////////////
東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/
///////////////////////////////////////////////////////