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「『裁量労働制の人は労働時間が短い』が誤りであるこれだけの証拠(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】第15回
「裁量労働制の人は労働時間が短い」が誤りであるこれだけの証拠

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)

■裁量労働制の人の労働時間
 
安倍晋三首相は今国会での、裁量労働制の対象を拡大する法案の提出を断念しました。背景には、「裁量労働制で働く人たちの労働時間は、そうでない人たちの労働時間より短い」と主張する、厚生労働省が提出したデータに問題があったことがあります。
 
政府統計ではありませんが、2014年に独立行政法人労働政策研究・研修機構が発表した『裁量労働等の労働時間制度に関する調査結果』というデータがあります。

これによると、1か月の労働時間が150時間未満である、比較的短時間労働の人の割合は
① 通常の労働時間制
②「企画業務型裁量制」
③「専門業務型裁量制」
の順に大きくなっています。

逆に1か月250時間以上の長時間労働をしている人の割合は、
①「専門業務型裁量制」
②「企画業務型裁量制」
③「通常の労働時間制」
の順に多くなっています。

首相が主張したのとは逆に、裁量労働制の人がそうでない人よりも労働時間が長いという結果を示しています。
 
私も裁量労働制を採用している会社をいくつか知っていますが、それらの会社で、裁量労働制の社員がほかの社員より労働時間が短いとはとても言えません。安倍首相がもう少し労働の現場に詳しい人であったなら、「裁量労働制の労働者はそうでない労働者より労働時間が短い」などというデータを示されても、にわかに信じなかったことでしょう。

 
(出所:労働政策研究・研修機構『裁量労働等の労働時間制度に関する調査結果』2014年)

■なぜ残業が発生するのか
 
人材開発の専門家である中原淳・東京大学准教授は、残業は、残業が発生するメカニズムとして、
① 残業は仕事ができる人に集中する
② 一人が残業すると周囲の人に感染する
③ 限度を超えた残業は疲労感を麻痺させる
④ 残業の習慣は世代を超えて引き継がれる
という4点を指摘しています(『残業は「集中」「感染」「麻痺」「遺伝」する』、『中央公論』2018年3月号所収)。

過労死事件に対して、よく「どうして死ぬまで働くのだ。辞めればいいじゃないか」という人がいますが(その一方で「仕事は命がけでやるものだ」という言説もいまだ健在ですが)、この問いに対する答えの一つは疲労感が麻痺してしまうということです。

中原准教授とパーソル総合研究所が行った調査によると、働く人の幸福度と会社への満足感は、当然のことながら労働時間が長くなるほど低下しますが、月60時間を超えると逆に高まります。疲労感が麻痺するとはこのことです。疲労感が麻痺した結果、うつ病などの精神疾患にかかるとしたら、道義的にももちろん悲しいことですが、会社にとっても効率的でありません。
 
私も裁量労働制を採用している会社をいくつか知っていますが、そういう会社にはやはり共通して残業の「集中」と「麻痺」が見られます。ほぼ毎月、実働時間が一応の所定労働時間内に収まっている人がいる一方で、多い人は恒常的に、「過労死ライン」と言われる80時間以上の残業をしています。2、3日昼夜通しで働くことも珍しくありません。

■強制退去策は効果がある
 
では残業を減らすためにどうしたら良いのか。それはやはり、多くの企業が実践している、残業時間に上限を設けて、強制的に退出させることが一番効果的でしょう。強制的に退出させれば、「感染」も「遺伝」もしません。
 
もちろん「持ち帰り残業」が増えるだけだという反論もあるかもしれませんが、強制退去策に全く効果がないわけではありません。前出の「中原・パーソル調査」によると、48%の人が、「ノー残業デー」や「残業時間の上限設定」「残業の原則禁止、事前承認」といった施策に残業削減効果があったと答えています。
 
無駄な会議や無駄な資料作りをやめるということも、残業時間に上限をはめることによって加速するはずです。

 

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神田靖美リザルト(株) 代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42