[ 特集カテゴリー ]

「種を育くむ楽しみ」(澤田良雄)

鬚講師の研修日誌(35)
「種を育くむ楽しみ」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

◆五輪出場選手の言葉に学ぶ

平昌五輪で活躍した選手が帰国した。インタビューに答える言葉に多くの学びを頂く。見聞きするまま、敢えてお名前を記さず確認してみよう。
 
「五輪は人生そのもの全てを賭けた」
「自分の幸せが、皆の幸せになる」
「想いが現実となる」
「スポーツは言葉のいらないコミュニケーションである」
「楽しいことばかりではない辛い事もある、でも続けることです」
「やりたくないこともあった。でもやった」「限界は自分が決めるもの」
「先輩が力強く闘ってきたその上にたっての闘いである」
「互いに楽しむ、このポジテイブ思考で皆を信じ合ったその笑顔です」
「銅メダル嬉しい。でも決勝戦を観ていて正直悔しかった」
「マリちゃんは前夜氷上を黙々調査しデータを取る」
「スタッフ、コーチ皆さんと一緒に獲ったメダルです」
「TV、ラジオ、会場においでになった世界の方々の応援のお陰です」
「今でもおめでとうの言葉が絶えません」
「一瞬の仕掛けのために我慢に我慢した」
「楽しかった。彼の過去一の滑りがでたので、当然越されるだろうと感じていた」
「しっかりがんばれた。10番と11番じゃ全然違う。そこは良かった((37才ベテラン選手)」
「世界との差が縮まっている事も感じた。一歩ずつメダルに近づいていけた(初勝利の女子アイスホッケー主将)」
「失敗する気がしなかった」
「後一歩届かないのが自分の実力。本当に悔しい」
「骨の1本や2本はくれてやるという気持ちで臨んだ」
「マイナーな競技、話題は少なかった。これを機会に注目と広がりに努める」
「ワンライン、このチームは普段一緒の生活も重ねてきた」
「自己最高点でもその上がいる。それが現実」
「とにかく楽しく競技に臨んだ」
「日本は技術は高いが体力は弱い。強い選手を育てるにはオランダに答がある」
そして
「世界記録に挑戦する」
「将来的には4回転アクセルの成功だけでなく5回転に挑戦する気持ちはある」
「今大会のテーマ(百花繚乱)たくさんの競技できれいな花を咲かせてくれた。今度はその花、メダルを更に輝かせる競技生活を皆で送って行ければ」

……まだまだある。「そだねー」読者諸氏はどんな言葉が印象となり、発信する選手の伝えたい意図を汲んだであろうか。

汲み取れる意図は「メダルを獲る想い」、想いを「実現するまでの努力」「本番での実現」「指導・支援・応援者への感謝」、そして今後への「新たな想いの誓い」を語っていることだ。

◆強さの11
 
先日、経済団体主催セミナー若手社員研修で前記の言葉を含め、出場選手に選ばれる、メダルを獲る、金メダルを獲るその「強さは何か」を議論した。

県内中小企業で活躍する3~5年組で異業種、異職種の仲間だからこそ諸処の言葉が出された。まとめとして集約したのが次の11の強さである。

①技術力(技と身体)
②精神力(継続と場でのプレッシャー)
③自分を信じる強さ 
④経験力(瞬間の判断) 
⑤子供心の想いの強さ
⑥持続する体力 
⑦ピークに合わせた計画力 
⑧勝つ貪欲さ 
⑧チーム力 
⑨専門家(国内外)による支援力
⑩多くの注目力と声援 
そして家族愛 
である。
 
肝腎なことは結果を出すことによる証明である。その強さ、能力(ちから)は一朝一夕で成されたわけではない。それは、異常なる自らの育みと、然るべき人の献身的教育の施しの賜である。

受講者各自が各強さを5点満点で自己診断し、今後の活躍向上に活用を支援しての指導の結びであった。各自が低い点数であるにもかかわらず何か逞しい自身のイメージを描いた様が印象的であった。

◆種から花を咲かせる育み
 
それでは育みに着目してみよう。
小平主将の百花繚乱の花にたとえてみれば、花を咲かす源の種を蒔く土壌(環境・場)を耕し、そして根(基本・技術、身体、精神)を肥やし、芽を吹き、茎を育み、枝を張る。しかもどんな厳しい環境にもしなやかに対応する芯を供えてのものである。多分に辛苦と闘いながらも、智と心と体が一体となる鍛錬、鍛錬、鍛錬、鍛錬、鍛錬の重ねである。

咲き映えの証に、競いの場を確保し注目を得る。それは小さな品評会(大会)から、さらに見事な花に育て上げ、絶対的な実績評価を確保し、大舞台への切符を獲得する。その門は自然と狭き門と成り、勝つ強さは一流、一番の競いである。だからこそ、その育ての課程では思い切って土壌(活躍・錬磨の場)を変えることもあるし、指導者からの枝を切る、継ぐ剪定もある。

単なる継続でなく、より強くする創意工夫・改善の継続である。各選手の言葉にはこのような育みの過程で刻み込まれた心情、誇り、謝念を伝えていると学び取れる。

◆やがて花を咲かせる種を迎える。ならばどう育む
 
もうすぐ、企業にも「やがて花を咲かせる種」としての新入社員を迎える。入社の動機は如何であろうか。「なりたい職業への想い」「貢献できる社員となる」「世界で通用するプロとなる」と就活で語り、企業も大いなる期待を期しての採用であろう。そこには「今年の新人は」との概説を超えて、一人ひとりの現人(現実に対応する人の言動)を評価して企業人としてのふさわしい種としての決定である。

ならば、どう種を育て、花を咲かせる育成の取り組みをどうする?
 
今年も継続する数社の新人研修を担当する。また、現在は相談への対応も多い。その際の指導支援の基本事項をここに記しておこう。まず明確にすべき3条件がある。

●その一つ目は「新人の想い」と「企業側の期待」を摺り合わせすることである。
 
既に採用段階では執り行われていることは事実。その確実性を裏付ける働きかけとして、入社式でのトップ幹部の講話に意識的に盛り込む。

この仕掛けは採用担当部門から講話者に情報提供と内容の取り込みをすることだ。更に 配属後、配属先部門長、直属上司、指導者の三者と新人の4者でミーテイングすることだ。

受け入れ側からは
「なぜ、この部署に貴方に来ていただきたかったか、これからこのような仕事をして欲しい。それが貴方の夢、想いの実現に繋がる……」
と伝え、新人からは
「自分はどんなことを成したいか、その為にこの部門でどんな心意気で活躍したいか、またどんなことを学びたいか」
の胸の内を明かしていただく。
受け入れ職場でも、新人がどんな人生観、職業観を持って、どんな自己実現を求めているかを理解しておくことは大事である。

だからこそ当職場での活躍の整合性を共有化し、以後の育成の軸となる。このことがきちんと成されていれば、こんな筈ではなかった等との思い違いによる早期退社はない。

「今年の新人は」の話題は、新人と受け入れ側の想いにはギャップがあることの警鐘である。そのギャップを埋め込む得策として4者面談は欠かせない。

●二つ目は、「目指す一人前の条件」を明確に示すこと。
新人の想いに向けた第一段階は「早く一人前になる」ことである。
言葉で述べてもその実態は何も解らない。だからこそ担当する仕事の一人前像を示すことが必要だ。担当とは、任され責任もって事を成すことである。

一人前の柱は二つ。一つは専門力であり、もう一つは人間性である。人間性とは企業人としての考え方であり、仕事に取り組む態度、マナーをわきまえた言動である。このことは導入研修でほぼ施すので受講内容の確認と当部署への落とし込みの指導である。

専門力では技術・知識の修得内容と実践レベル、そして実践する上での必要な諸スキルである。「守・破・離」の守である基本力は将来に向けての夢の実現の根であり、自信の芽である。 

●三つ目は、一人前に成長する育成プログラムの絵を示すことである。
それは、三年計画、一年計画の育成プランであり、一人前に向けて成長の階段を上っていく楽しみを共有化する絵である。勿論概ねのプラン内容であっても良い。目的は、新人がどんな指導を受けるかを理解し、自から成長するイメージを描くことにある。

以後の育成の実践は指導内容を具体化し、なぜこの指導をするか、何のためにマスターするかこの育成プログラムとの整合性を示して行けば良い。学ぶ力が高まり指導効果が得られる前提条件だ。

それは将来の一流、世界で通用する成長の一幕の楽しみの誘いでもある。五輪出場選手の育みも、目指す的の違いはあろうが基本事項としては共通していることである。

◆春夏秋冬の教育の実践

もう一歩進めてみよう。それは教(基本を教え込む)育(自信へと育む)の心得である。その実践は「春夏秋冬を心得よ」ということだ。

まず春の如しの指導は、温かく迎え、楽しみを高揚させる施しである。それは職場環境が明るく、親和感に溢れていることだ。現在の職場環境は如何であろうか。互いに声を掛け合う習慣が自然と新人にも成されることで、孤独感を持たせない。学友と群れての対人間関係に慣れている新人にとって年齢、立ち位置の違う集団で居場所感がないことは厳しい。

指導する上では、教え→褒めの実践である。教育後の変化ぶりに気を配り、取り組みの良さ、技術向上に着目して、認めの言葉をかけていくことだ。自分はこの仕事ができそうだ、向いていそうだの出だしの安心感は浮き浮き感を生む。

次に、夏感覚は熱き心である。指導者の一人前に育て上げる熱意が伝わることだ。指導者はより忙しさを覚悟して指導に当たるのが実態であり、決して指導の役割があるから業務の軽減がある訳ではない。

忙しい中でも時間を割いて丁寧に指導してくれた、この指導態度が新人に本気度を高め、自らものにして行く自己磨きに導く。勿論、活力溢れる魅せる仕事ぶりがあってのことは言うまでもない。

秋は、論理の指導である。それは「how-to」のやり方のみでなく「why=なぜ」の裏付け理論をきちんと指導する。指導先企業研修でも指導実践として紹介されており今日的指導の特徴である。

「昔は観て覚えた」それはやり方の学びだけである。「やってみせ・言って聞かせて」この段階である。言葉の意味、なぜこうするのかの根拠、しなければどんなことが予測されるかなど、マニュアル、手順書の記入事項の解説、過去の事故事例、指導者の体験を基にして納得へ向けた指導である。

冬は厳しさである。五輪選手の言葉に潜む乗り越えてきた努力がそこにある。教え→褒め→叱りの指導ストリーの叱りの施しである。

叱ることは難しい、パワハラと取られるとの声があることも事実。しかし、教育は指導者と新人の事の善し悪しの共通の物差しだ。だからこそ、本人が既にまずいと判断し、叱られることは覚悟ができている。

むしろ、叱られないことが不安になる。それは「教えてもできない人」と判断されてしまう不安である。きちっと「叱る」ことは、本人に「本気で育ててくれる愛情ある人」との信頼感を強める機会である。叱り方は、内容、新人の個別特性に応じた配慮ある施しの実践は周知のことである。

確認しておこう。教育した共通の善し悪しの物差しに準じた褒めは、認められた喜びであり、叱りは、愛情ある指導者に恵まれた喜びを体感する働きかけである。決しておだてることでもなく関係を悪くすることではない。
 
また、小さな実績での信用の重ねと潜在能力に応じて難易度の高い事項に挑戦させる、あるいは突き放す指導の厳しさの実践である。あがきと、学ぶ意欲の高まりでの取り組みは「やればできる自分」の自信を必ず持つはずだ。

ただし、達成に向けた支援を適切に施し、決してできなかった結果にさせないことである。

◆今春だからこそ選手の言葉を活用してみよう
 
このような指導実践は、新人が10年後、あるいは20年後に「この道に進んで良かった。当社に入社して間違いなかった。貴方のお陰で今の私があります。それは入社時の指導のお陰です」といつの日か感謝として返ってくる。また、後々までの良き協力者であることも嬉しい。まさに献身的な施しは必ず報われる。

五輪で活躍した選手のインタビューへの言葉を改めて味わいつつ、新人を迎え、育む上での成すべき事項に着目して記してきた。

新人も自己が決めた職業でやがては、企業での活躍を元に世界に通用するビジネスパフオーマンスを魅せる、あるいは世界技能五輪への出場もあろう。メダリストも元は初心者、プロも元はアマだった。

TVで都内町工場で活躍する茶髪社員18才の紹介が目にとまった。15才入社で3年目。将来の夢は「自分の絞り技術で創った部品が、ロケットに組み込まれて飛ぶことだ」と応えた。取り組む仕事が世界の舞台で認められる、それを目指しての楽しみを秘めている。やがて五輪選手に通ずる喜びをぜひ確保してくれと念じた。

今春だからこそ、迎える新人に五輪出場選手の言葉を引用しての指導の工夫もお薦めしたい。一粒の種が成長し、花を咲かせる。その過程は教え育て如何による。やがて企業を際立てる花としての活躍ぶりを想い浮かべ、早めの拍手を送ることにする。


///////////////////////////////////////////////////////

◇澤田良雄

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
  http://www.hope-s.com/
  


///////////////////////////////////////////////////////