「米中貿易戦争と中国のアキレス腱」
~2015年型 中国危機の再現はない~
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
(4) 2015年型危機深化の可能性?いずれ起きる。それは外貨事情の退廃から。
では通商摩擦以外のどのような手によって米国は中国の台頭を抑えられるのか。アメリカの対中政策の最重点は、人民元切り下げ禁止ではないだろうか。というのはそこに中国のアキレス腱があると考えられるからである。
日米貿易摩擦の時、最終的に日本を追い詰めたのは超円高であったが、対中においても為替を念頭に置いていると思われる。中国沿岸部の賃金は今やどのアセアン諸国よりもはるかに高くなっている。またハイテク分野においては技術者の所得は日本より中国の方が高いと言われるほど、中国は高給国化した。
よって人民元を切り下げてはいけないとなると、輸出競争力は大きく落ちる。加えて経済成長のけん引車である投資が、これまでの鉄・セメント・労務費の塊であるインフラ・不動産・重厚長大産業設備の3分野から、ハイテクへと大きくシフトしている。
ハイテク投資は圧倒的に海外の機械・素材・部品などに依存しており輸入が大きく増えざるを得ない。すでに中国の貿易黒字はここ数年年率20%強の大幅減少を続けている。数年後には中国の貿易黒字が激減し、経常赤字国に転落する可能性がある。そうなると中国に投資している巨額の海外資本に流出圧力が高まる。中国の高成長は海外からの巨額の資本流入によって可能になったわけで、対外バランスシートは驚くほど脆弱である。
ここが同じ黒字国であっても日本と大きく異なる点である。故に外貨不安が再び台頭し、どこかの時点で人民元が大暴落をする可能性は大きい。それは国内でのバブル崩壊の引き金をひき、経済、金融危機を引き起こすかもしれない。3年後、5年後か、そうなるまでアメリカは中国の人民元の切り下げを絶対に許さないというスタンスを取り続けるだろう。
中国の何をウォッチするのかだが、やはり貿易収支と外貨準備高が最も重要なのではないか。
図表11:アジア諸国の賃金比較
図表12:中国の貿易収支推移
(5) 結論、日本株好仕込み場に
6月末からの日本株急落は、貿易摩擦口実の仕掛け売りの可能性が大きいのではないか。しかし摩擦がいったん収まる可能性は相当高い。また以下に見るように日本は米中貿易戦争の受益者である。年後半世界景気、米国景気の一段と好調さが確認されるにつれ、日米株式のゴールディロック相場が再現されるのではないか。
■日本の顕著な有利性に注目を
今、中国の急速な産業高度化、ハイテクシフトにより韓国―中国、台湾―中国、ドイツ―中国の競合関係が強まっている。またインターネットのプラットフォームは米国企業に対し中国のアリハバ、ティンセントが挑戦状をたたきつけている。
しかし、日本は米国とは言うまでもなく、中国企業との競合もあまりない。むしろ、中国がハイテク化しようとすると、日本の設備や部品、材料が必要となる補完関係にある。日本は著しく有利な国際分業上のポジションを得ている。
例えば半導体製造装置は米日で世界市場を分割(米国6割、日本4割)しており、中国が米国から半導体製造装置を購入できなくなれば、日本に頼るしかなくなる。自動車に対する制裁関税が検討されており日本もその対象にはなりえるが、図表に見るように日本の関税率は世界最低である。特に自動車は、米国2.5%、日本0%、EU10%、韓国8%、中国25%と世界最低となっている。また日本車の米国現地生産は377万台と対米輸出174万台の2倍以上となっている。
日本の貿易黒字はごく小さい。日本の経常黒字の大半は所得収支によって稼がれている。所得収支黒字とは現地で投資、雇用など産業活動実施した結果生み出されたものなので歓迎されるはずのもの、他方貿易黒字は現地での雇用を奪うという側面はあるので非難される理由はある。
こうした日本企業の国際化、円高下で実現した日本のグローバル・サプライチェーンは他国に比して著しく充実し、貿易摩擦の対象ではなくなっている。対米貿易摩擦先進国の日本はすべてが過去に起きたことであり、かつ対応済みのことが多く、著しく有利な立場にある。
図表13:各国の関税率比較
図表14:主要経常収支黒字国比較