小島正憲氏のアジア論考
「鵺の中国」・「獅子女の日本」(前編)
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)
釈迦に説法だとは思うが、ひとまず解説させていただく。
「鵺」(ぬえ)とは、平安時代末期に都を騒がせた怪鳥であり、「獅子女」とは(最近ではほとんど使われなくなったようだが)、スフィンクスの日本語訳(俗語)である。
これらはともに、空想上の獣であり、五十歩百歩だといえよう。しかし「五十歩と百歩の差は大きい」と、私は思う。「鵺」は社会を不安に陥れ、「獅子女」は主人の墓前に跪く。
(1) 西欧列強に二度拝跪した両国
中国は、清朝末期に国土を西欧列強に侵蝕され、汚辱にまみれた。またその後、毛沢東が中国革命を成功させ、西欧列強を中国から追い出したが、貧困から脱却することはできなかった。やむを得ず鄧小平が国を富ますため、西側諸国に中国全土を開放し、多くの西側資本家とともに拝金主義を受け入れた。
日本は、明治維新において、辛うじて西欧列強の侵蝕は逃れたが、西洋思想の前に跪き、それを大胆に取り入れ、国家の体制を一新し、富国強兵の道を急いだ。その帰結として、太平洋戦争に敗北し、米国を中心とした西側諸国の前に無条件降伏することになった。日本は、再び、米国を始めとする西側諸国の前に跪き、その思想を全面的に受け入れ、国を再興することになった。
つまり中国も日本も、二度、西欧に敗北し、そのつど拝跪した経験を持っている。しかし、敗北の結果の再起の過程で、西洋の民主主義思想を無条件かつ全面的に取り入れた日本と、社会主義市場経済を旗印に、民主主義思想を拒み、拝金主義のみを受け入れた中国との間には、大きな差が存在している。
民主主義は、人民の公平な選挙が実施されるということが前提である。選挙制度などに問題があるとはいうものの、日本では選挙が公平に、しかも万人監視のもとで行われている。選挙では誰もが自由意志で立候補でき、自由意志で投票できる。
この選挙制度をポピュリズム云々という人はいるが、結局、多数の人民の要望を取り込み、多数の票を集めたグループが政治を担当し、社会を動かすことになる。もちろんそれが失敗であることがわかれば、次の選挙で他のグループに、平和裡に交替することになる。そこでは社会を根底から変えるような体制変換は必要としないし、もちろん血が流れることはない。
中国には民主主義の根幹をなす選挙はない。あるのは、中国共産党の一党独裁体制とそれを支える機構のみである。立法と行政、司法が中国共産党によって支配されているため、政治も経済も社会も、共産党の意のままに動かされる。
共産党に異を唱えるものは抹殺されてしまう。もちろん党内で熾烈な路線論争や権力争いが生じることもあるが、それは共産党の統治体制の枠内であり、体制変換に至るものではない。したがってもし体制変換を必要とする場合は、中国伝統の易姓革命でしかできない。そこには当然、血が流れる。
(2) 自力更生を捨てた両国
鄧小平は、毛沢東の自力更生の思想をかなぐり捨て、社会主義市場経済という造語のもとに、中国全土を外資に開放した。鄧小平は、自らの力で中国経済を浮揚させることをあきらめ、手っ取り早く外国から、資金や技術、市場、経営ノウハウなどの提供を受け、中国人民を飢餓状態から救うことを目指したのである。
それは大成功し、やがて中国は世界第2位の経済大国に成長した。しかしこの鄧小平の改革開放路線は、資本主義思想、ことに拝金主義思想を中国全土にばらまき、腐敗・汚職を中国全土に蔓延させ、人民の間に短期間で想像を絶する貧富の格差を作り上げてしまった。
太平洋戦争後、日本は平和憲法を定め、そこに戦争放棄を明示した。日本は軍隊を持たず、米軍の傘下のもとで庇護を受け、国家建設を進めるという道を選んだのである。すぐに朝鮮戦争が勃発し、自衛隊という名の軍隊を持つことになったが、平和憲法は堅持されており、辛うじて歯止めが掛かっている。
いわば日本は、軍事面での自力更生をあきらめ、経済成長の道をまっしぐらに突き進んだのである。国家財政を軍事面に投入せず、経済面に使用できたことが、日本経済の高度成長を可能にした一因でもある。
中国は経済面で自力更生を捨てた。結果として、経済の根幹を外資に握られることになった。先端技術も外資を誘致し、そこから盗用しなければならない段階である。
現在、中国経済は外資抜きでは成り立たないのだが、中国人民も世界も、GDPなどの数字のマジックに騙され、世界第2位の経済大国としての幻想に浸っている。中国は軍事大国として「鵺」のように翼を広げているが、その胴体である経済は脆弱であり、先端の頭は先進資本主義国に牛耳られている。
日本は軍事面で自力更生を捨てた。長らく経済が低迷しているが、外資が日本経済を牛耳っていることはない。日本は今、世界最大の債権国であり、実際に海外からの収入はきわめて多く、GNPで計算した場合、まだまだ経済強国として評価できる。しかし日本は、軍事面では米国の軛につながれ、その前に「獅子女」として跪いている。
(3) 借金大国としての両国
中国は借金大国である。一部の中国ウォッチャーやエコノミストの間には、国家債務は2017年度で4000兆円台に乗り、今後2~3年間で、5000兆円を超すと予測している人もいる。国際決済銀行の統計でも、近年、家計・企業・政府を合わせた中国の債務は急ピッチで拡大している。
中国政府の債務はリーマンショック後の4兆元の投入以来、雪だるま式に増えている。ことに企業の借金が問題である。国有企業を始めとして、すべての企業経営者が銀行などから低利で借り入れを行い、高利の委託融資や銀行理財商品で運用するなど、本業を疎かにし、財テクに奔走している。民間人も平気で多額のローンを組み、マンションなどの購買に走っている。もはや中国は、政府・企業・家計のすべてが借金で回っているといっても過言ではない状態にある。
日本政府の借金は1000兆円超である。もはや国債の支払い利息だけで国家予算の半分ほどが必要になっている。地方自治体も借金だらけで、まさに借金大国である。長年の低金利で、借金慣れしてきている企業も少なくない。金融機関による個人への無責任なカード発行により、カード破産も増えてきている。今や、日本人総体が借金まみれとなってきている。
識者や中国ウォッチャーの中には、中国政府発表の統計数字を基にして、「中国は世界第2位の経済大国である」と主張する人もいる。そして中国政府の「一帯一路」などの膨張政策や中国人企業家の海外進出に警鐘をならす人が多い。
しかしそれらの動きは、まさに「鵺が世界に大きく羽ばたいている」ことに、恐れをなすようなものである。中国政府発表の統計数字が意図的に操作されており、信用するに値しないということは、すでに多くの人が指摘しているが、それよりも、ほとんどの識者や中国ウォッチャーが、現場の実態を肌感覚で掴んでいないということに大きな問題がある。
私は2003年に、中国の工場現場で人手が不足してきていることに気付き、それを基にして、「13億の中国で、なぜ今、人手不足なのか」という小論を発表した。
当時の常識は、「中国には6億人の農民がおり、労働者は無尽蔵である」というものであり、私は多くの人に嘲笑された。
しかし5年後、その多くの人が私の主張を認めざるを得なくなった。また7年前に中国政府当局から、「暴動が年間6万件起きている」という情報が意図的に流された。そのとき私は即座に、この情報はウソだと思った。なぜなら私の周辺では、それだけの数の暴動は起きていなかったからである。
このとき中国ウォッチャーたちは、鬼の首でも取ったかのように、「中国は暴動で崩壊する」と囃し立てた。その後私は、暴動現場を一つ一つ足で歩き、「中国は暴動では崩壊しない」という小論を書き、それらに反論した。数年後、暴動に関する論議は沈静化してしまった。
余談になるが、これらのことは、最近の医者が患者の容態を診ないで、パソコンの画面上の数字ばかりを見て、病状を診断するようなものである。何よりも、今、一番不足しているのは、現場の肌感覚なのである。
中国も日本も、ともに借金大国であることに違いはない。しかし、借金に対する意識には大きな違いがある。
中国人は借金を返す気はないが、日本人は借金を返す方向で努力している。中国政府には、外資の導入が借金であるという意識はなく、外貨準備高の中に外資に返済しなければならない分が大量にあることなど、まったく眼中にない。中国政府はとにかく経済成長率を下げないために、大量の資金を投入し続けている。地方政府も同様である。また、すべての経営者が実業を放り出し、虚業で大儲けすることに専念している。
最近の中国人には「借金は悪」という思想はなく、借金をして、それを元手に儲け、儲かったらさらに新たな儲け口にそれを注ぎ込む。つまり借金を返す気は毛頭ない。ましてや国家の借金を返すことを、真剣に考えている人はいない。
日本の政府は、格好だけかもしれないが、財政健全化の方策を模索し、消費税アップなどに解決の糸口を見出そうとしている。企業家はバブル経済の崩壊を体験しているので、財テクなどの虚業に走ることを戒め、無借金経営を目指している人が少なくない。
その結果、2017年度、日本の上場企業の約60%は実質無借金経営となっている。個人も身の丈以上の借金をできるだけしない方向である。ことに団塊の世代の高齢者は自らの投資や起業を戒め、「国家の借金を如何にして返して死ぬか、食い逃げをしないこと」を、真剣に考えている。
ちなみに中国企業の海外進出や海外M&Aを恐れる必要はない。ほとんどの企業が巨額債務を持ちながら、中国内に投資好物件がないため、海外に進出しているだけである。
中国内のバブルが弾けたら、かつての日本同様、それらの物件は安売りせざるを得なくなる。そのとき買い戻せばよいだけの話である。また中国企業や中国人の海外進出は、自己資金を海外に逃がすという別の目的があるという側面をしっかり見ておくことも必要である。
(後編に続く)
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小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。