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「実業家の目で見た『コスタリカの奇跡』」(後編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「実業家の目で見た『コスタリカの奇跡』」(後編)
                              
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

3.「コスタリカの奇跡」を支えた思想と国際環境

①ジャーナリストの役割
メディアによる調査では、コスタリカ国民の9割以上が、「常備軍を廃止した」現憲法を変える可能性をまったく考えていないという。私はそれを知って、日本国民の憲法9条への意識との大きな差に驚き、「それは何に起因しているのだろうか」と疑問に思った。そしてジャーナリスト協会において、コスタリカのジャーナリストたちの主張を聞いたとき、「おそらくメディアが真実を伝えることに重大な役割を果たしている」という一つの回答を見出した。

《ジャーナリスト協会の面々》
            
国民に真実を知らせる役割を担うコスタリカのジャーナリストたちは、ジャーナリスト協会を結成して、権力からの攻撃から身を守り、同時に権力におもねることを戒めているという。ジャーナリスト協会の面々からは、強いその矜持を感じた。

だがしかし、ともすれば、「ジャーナリストは権力の監視役であり、人民の側に立つことを自認している」ので、逆に「人民におもねる面が強くなる」ものである。政府批判で人気を取るジャーナリストは有名となり、メディアに露出する機会が増え、収入面も安定する。しかし人民に対して辛口の批判を行うジャーナリストは、人気がなく、安定収入の道を閉ざされる。

ジャーナリストは権力にも人民にもおもねてはならない。そのために、「食べるためにジャーナリストという職業をえらぶべきではない」と、私は思う。この点については、ジャーナリスト協会の面々から、意見を聞くことはできなかった。

今回の旅行の参加者には、若い女性ジャーナリストがいた。偶然に彼女が食事のとき隣席に座り、「私はフリーのジャーナリストです。“コスタリカの奇跡の真実”を取材し報じるために来ました」と自己紹介した。その凜とした姿に感動しながら、私はすぐに、私と同年配のジャーリストたちの多くが、高齢となってから食えなくなって困っている現実が頭に浮かんだ。

若いときの彼らは、一様に格好良かった。しかし今、食べるために苦労している。そして多くが節操を曲げて、食べるための道を選んでいる。

私は老婆心ながら、「ジャーナリストとして生きることは厳しいですよ。食えないからね」と、彼女に忠告したが、彼女は老人の繰り言のように感じたようだった。二度と彼女は私の近くに席を取らなかった。

②若者の奮戦
2003年、米国がイラク戦争を始めたとき、当時のコスタリカ大統領は米国のイラク戦争を支持すると発言した。その結果、有志連合のリストにコスタリカの国名が載った。

当時、大学生だったロベルト・サモラさんは、迷わず、「平和憲法を持つ国の大統領が他国の戦争を支持するのは憲法違反だ」と憲法裁判所に提訴した。1年半後、彼は全面勝訴した。

私たちの前に現れたロベルト・サモラさん(現在36歳)は、さわやかな青年弁護士だった。ときおり見せるはにかんだような笑顔も親しみやすかった。

《中央が、ロベルト・サモラ弁護士》

彼は、「これは間違っていると思い、すぐに行動に移したが、こんなに大きな反響があるとは思わなかった。今でも、そのときの“栄光の重さ”に戸惑っている」と素直に語った。

私が訴訟費用を聞いてみると、彼は「無料です。もちろん訴訟の書類は司法修習中だった私自身が書きました」と明るく答えた。それを聞いて私は、このような若者の活躍を可能にしているコスタリカの司法システムと思想が、「コスタリカの奇跡」を堅持している一つの要因だと思った。

またサモラ氏は、「提訴するとき、友人たちは米国へのビザが取得できなくなるので、止めた方がよいと忠告してくれた。それを聞かずに私は義憤にかられて行動したが、その後、米国入国ビザは問題なく取得できた」と、笑いながら話した。

③平和教育の実践
平和教育に取り組んでいるというコンスエロ・バルガス教諭が、具体的にその実践方法を丁寧に話してくれた。

《中央が、コンスエロ・バルガス教諭》

コスタリカでは、彼女のように、教育現場で平和教育を実践している教師が多いという。たしかに、先日訪ねたレプブリカ・デ・ハイチ小学校の教師たちも、私たちに自らの教育実践を、生き生きとしかも誇らしげに語ってくれた。

私は、この教師たちの熱情も、「コスタリカの奇跡」を支え続ける一因だと思った。ただしコンスエロ・バルガス教諭は、講演中、あまり笑顔を見せなかった。私は、いかに優秀な教育実践家であったとしても、教育現場で、この顔で接しられる子どもたちはたいへんだろうと、つい思ってしまった。

④「コスタリカの奇跡」の背景
過去のコスタリカ人の英断、そして現在のコスタリカ人の確信、ジャーリストたちの気概、ロベルト・サモラ弁護士のような勇気、コンスエロ・バルガス教諭のような実践などが、「常備軍を排した憲法」を維持させていることは言うまでもない。

しかし「コスタリカの奇跡」を内的要因のみで語り尽くしてしまうのは適当ではない。「コスタリカの奇跡」は外的要因にも恵まれたと言うべきである。

オットン・ソリス前国会議員は、「外国の脅威」について、ニカラグアの侵攻を上げた。たしかにニカラグアとの国境紛争は起きている。しかしニカラグアは小国であり、コスタリカを攻めるほどの脅威ではないと思う。

ちなみにコスタリカはニカラグアの約5.6倍の治安予算を計上している。さらにコスタリカには米国企業が欲するような資源も産業もない。これらのことが「コスタリカの奇跡」に大きな助けとなったとも言える。

4.コスタリカ人の思想の変化

コスタリカは今、多くの社会問題に直面している。隣国のニカラグアから経済難民が流入し、今では国民の5人に一人が難民だという。また麻薬も浸透してきている。街中にはカジノもあり、米国発の退廃文化が押し寄せているようだった。

小学校の門も二重扉になっており、一般の家の壁や門も鉄条網で覆われており、決して治安が良いとは思えなかった。ドメスティックバイオレンスも問題となってきており、子どもの貧困問題も抱えているという。ホームレスの姿も散見できたし、超肥満の人が多く、これがこの国を滅ぼすような気もした。

オットン・ソリス氏は、クリーンエネルギーやエコツーリズムで、海外からの投資誘致を考えているようだったが、実業家の立場から判断して、これらは魅力に乏しく、投資を誘致するのは困難だと思う。現状では、コスタリカ経済を浮揚させ、社会福祉を持続させることは、かなり難しいと考える。

現在、「コスタリカの奇跡」を支える強固な思想が萎え始めているような気配を感じる。最近では宗教政党も出てきた。コスタリカを理想化・偶像化するべきではなく、今後のコスタリカの行く末に注目し、学ぶべきである。

5.憲法9条と日本の高齢者

今回のコスタリカ旅行の参加者は、当然のことながら、日本の改憲阻止、「憲法9条」を堅持して行こうという意志の人がほとんどであり、しかも高齢者が多かった。つまり、参加者の多くが、今までに「平和の配当」を十分に受け取った人たちであり、この状態を今後の日本人に遺すために、コスタリカに学ぼうとする意志の人たちである。

したがって参加者の熱意には、すごいものがあり、私は常に圧倒され続けたし、素晴らしい人たちだと感心し続けた。もちろん私も、戦争を放棄した日本の「憲法9条」は、平和を守るための最高のシステムであると思うし、われわれは引き続きこれを堅持しなければならないと思う一人である。 

しかしコスタリカ国民のほとんどが、現行憲法を堅持しようとしているのに反し、日本国民の中には改憲を支持する人たちが増えて来ている。私は、そこに、差し迫った脅威の差があるのではないかと考える。

メディアなどで喧伝されている日本の差し迫った脅威は、中国と北朝鮮である。中国は尖閣列島を奪い取る意志を鮮明にしているし、北朝鮮は核搭載ミサイル攻撃を公言して憚らない。このため多くの人たちは、「憲法9条」を変えて、武装しなければならないという考えに傾いている。果たして、中国や北朝鮮の脅威は現実的なものなのだろうか。

私は中国の侵攻は現実的ではないと考えている。また北朝鮮の暴発は、あり得るシナリオだが、後ろ盾である中国問題を解決すれば事前に止めることは不可能ではない。

長年、実業家として中国全土でビジネスをしてきた私は、中国は昔も今も、「張り子の虎」であり、他国を攻める資金的余裕がないと考えている。実は、中国は経済大国ではなく、借金大国なのである。これらのことを、私は過去の小論で詳しく論じてきた。残念ながら日本のジャーナリズムは、政府と国民におもね、現実を正しく報道していない。日本に差し迫った脅威はない。したがって「憲法9条」を変える必要はない。

今回の参加者のほとんどが、「平和の配当」の享受者である。ところが不思議なことに、旅行中、多くの人たちから、「日本の政府は酷い」とか、「今の教育は間違っている」など、不満や怒りの声を多く聞いた。参加者の大半はすでに現役を退いた高齢者であり、コスタリカまで旅行が可能な優雅な人生を送っている人たちであり、旅行中もたらふく飲み(酒を飲まなかったのは私だけ)、楽しんでいながら、なぜか「被害者意識」に取り憑かれたような人が多かった。あたかも「自分の人生への鬱憤を、政府にぶつけて解消しているように見える人」もいた。 

私は、「平和の配当」を十二分に享受してきた。つまり、「戦争に狩り出されることもなかったし、空襲も経験していない。その上、高度成長経済の恩恵を受け、飢えも経験しなかった」のである。私たちは、「人類の歴史上最高の時代を生きた」と言っても過言ではない。団塊の世代の多くの日本人は、私同様であったと考えられる。「そのような満ち足りた人生に、不満を持つべきではない」と、私は思うのだが。

ただし私たち高齢者の幸福な生活は、残念ながら日本国家の莫大な借金の上に成り立っている。今後の日本人のために、高齢者は借金を返済してから、死ぬべきである。「平和の配当」を享受した高齢者に、「食い逃げ」は許されない。私は今回の旅行中、同行の参加者に、「日本国家の借金返済の具体策」や、「医療費や介護費の無駄づかいを防ぐための具体策(断食や高齢者海外輸出作戦)」について、多くを語った。しかしほとんどの参加者から、あまり良い顔をされなかったし、「私はイヤだ」と、はっきり告げられたこともあった。

今、日本の高齢者に課せられているのは、「憲法9条」の堅持と、「日本国家の借金返済」と高齢者の「死に様」、つまり「死生観の確立」なのだが、高齢者にその認識は薄いようだ。

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。