鬚講師の研修日誌(42)
育成は重要「でもね」じゃこうしてみたら
澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)
◆トップの社員のお陰の前提は育成にあり
「創業100年の歴史と経験に裏付けられた信頼を大切にして、考える技術集団を目指し、お客様が困ったときにいつでも、どこでも我が社に相談してみようと思われる会社であり続けたい」と語るのはO社のO社長である。
100周年記念式典では、ここまで支え、お引き立ていただいたお客様への感謝と、併せて社員へ「皆の力だ」とお礼を述べた。そして地球温暖化に貢献できるようクリーンエネルギーを活用したポンプシステムを開発、海外に向けての供給を進め、国際貢献に協力していくと方向性を宣言した。
これに対応して祝辞を述べた国会議員S大臣は、「以前、脚光を浴びたTV番組のプロジェクトX並みの企業である」と賛辞を送った。
O社は、温水用水中ポンプや海水用オールステンレスポンプメーカーとして、製品開発、製造、販売、保守と一貫とした業務展開の企業である。50人規模の企業でありながらも業界での存在は見事。
その社員の強さづくりを牽引してきたO社長は、どのような推進策を施したか。一例を挙げれば、毎期経営計画書を作成し、全社員と共にキックオフをする。以後掲げた方針、そしてブレークダウンされた各部署の目標を体系的にフォローしていくシステムを構築し、PDCAサイクルを効果的に回している。
その方針に毎期掲げられるのが人財育成に関する事項である。幹部、管理者研修を始め、方針達成に向けたテーマ別研修も織り込む。例え対象者が少数であっても、研修機会の最適条件を重視し実施に踏み切る。
具体的展開での研修実施にあたっては支援、指導に小生も長年関わってきた。継続的な関わりはO社長の想い、そしてU統括部長の意図を正しくつかみ、パートナーシップを生かしての支援・指導である。
「企業は人なり」、わかっている。「うちも教育したいのだが……」「でも」との声はよく聞く。多分「具体的にどう実施したら良いのか」「今予算がない」「少し忙しくなって来た,時間が勿体ない。だからそこまで手が回らない」――まさに一理ある。
しかし、現状までの企業総能力では「新たな強さづくり」はできまい。社員各位がそれぞれの立場・役割で、経験則にプラスして新たな「学び」「育成」の施しによる「変えていく」力を高めねばならない。他に勝る企業の強さはそこから創造される。
中小企業だからこそ、一隅を照らす存在感の強さを高め続けて行く。それでなければ自然淘汰対象の企業となるであろう。
◆波及効果が強さづくりに……。
二社トップの育成論を紹介しよう。
まず、
●「当社の財産は人材なり、社員が成長した分だけ当社が成長する」と提言するのはC社O社長である。大手製油所の設備管理を業とし、「本日安全」「最高品質」「鍛えよう自分と仲間」をスローガンに掲げて、厳しい業界での信頼と安心を顧客様に提供し続けている。
ここ10年、管理者、リーダー、社員クラスの研修に携わってきたが、確実にその社員力の進化が観える。例えば社内風土は親会社を越えた活気あると評判もすこぶる高く、親会社から謝辞を送られる事もしばしばだ。社員が立場、役割に応じた学びから変える意識の高さが安全、品質の数字もより高めている。だからこそ委託業務の拡大と、委託料の折衝力を高めている。まさに「社員の成長は我が社の成長」の提言どおりである。
次に、
●和洋菓子メーカーS社は70周年を期に、「重ねてきた良さを伝える力は最後は「人」で決まります。仕事に興味を持ち,チャレンジする「人」の力でこの厳しい時代を生き抜いて生きましょう」とI社長は宣言、次世代に向けて若手社員育成に焦点を当てている。
「オールドエンドヤング」をモットーに歴史を重ねる社員力の凄さづくりへの取組である。そのためには時間投資も惜しまない。
取組の一例を紹介すれば、将来に向けた育成には、入社後3年間は多能化育成に力点を置き、製造、管理、販売などの体験学習を計画的に施す。この根の育成は正式配属後の担当者として、更には将来上の立場に立ったときに全社最適との視点で活躍するための育成投資である。全社的少数精鋭、次世代担うとはこのような育成なしでは単なる言葉だけに過ぎまい。
思い切った人材育成への取組は単に能力向上の成果のみでなく企業風土、QCDの数的向上、顧客との信頼関係を深め、業績向上等々の波及効果を産む。更には社員の成長したい、認められたいとの高度欲求を実現させることでもある。
例えば、先日工具類トップメーカーN社の0.5才社員研修を担当した。4月に指導し、半年後の活躍ぶりの確認と、来春の憧れの先輩に向けての支援指導である。
「半年間で嬉しかったことはどんなこと?」――この事実体験は「君だから注文してあげよう、と売り上げることができました」「設計ですが、現実に製造決定しました」「一人で段取りができました」と達成感と認められた喜びの事実だ。
それは棚ぼた式での喜びではない。「うまくいかない」「わからない」この悔しさに真っ正面から取り組んだ「学ぶ力」だ。その成長欲に上司先輩の指導が適切に施された結実である。
「当社だからこそ成す人財育成策」それは持続的企業の現有能力のカバーと、先に向けた泥臭さのある育成投資である。小規模企業でも本気で育成を考えればその施策は随所にある。それは、社内研修にこだわることなく日々の業務活動や機会活用での育成の施しの実践だ。
末広がりの8つの実践をトップ、上長への提言してみよう。
◆日常施す育成の実践
① トップが施す一言の指導=一言の掛け(ねぎらい・感謝)の言葉)は社員の嬉しさを助長する。特に「Aさん誕生日おめでとう」「Bさん、奥さんの誕生日おめでとう」「Cさん、お子さんの入学おめでとう」こんな一言実践もよい。関心持っての情報を見事に生かした一言である。挨拶×笑顔=成長のスローガンを掲げた運送業N社のN社長もその一人。厳しい人手不足への効力として生きている。
②「会話・会食での談義、ミーティング」の機会を生かす=工具トップメーカーN社の新任社長O氏は、着任後即実施したのが一般社員層とのミーテイング。現場主義に徹して、第一線で活躍の若手社員の意見を聴き、良きと判断した事項はすぐ取り入れている。着任後社員との距離は見事に接近されている。
また、前記したO社長の実践は昼食会。一般社員層を職種をシャッフルしてグループを作り、食を楽しみながらの快話がよい。社長への質問に答えていくことで親和感がより深まり、日常のコミュニケーションにもプラス効果が観える。勿論、各自に関する日頃の活躍ぶりの情報を確保し、褒めの言葉掛けも生きている。
③ 朝礼利用=基本動作での挨拶、声出し、業務の情報提供に対する褒め、アドバイスは参加者共通の教材となり指導となる。役割分担による進行、報告はスピーチ力を向上する。視野を拡大する教材の活用は「職場の教養」(倫理研究所発行・日ごとのコラム内容が良い)が最適である。皆で輪読し、感想を出し合う企業・お店も多い。
④ 目標管理的仕事の推進=目標はできてない状態、できるにするためには学ぶことによる変える行使が不可欠、そのためには、上司からの指導支援と本人の自己啓発実践が不可欠となる。目的を明確にした指導・啓発は必ず実効を産む。目標管理制度云々でなく、日々の「仕事を何のために」との目的なしでは、達成感も得られず、単なる黙々と動いているに過ぎない。「変えた」の足跡は目標としたことの足跡である。
⑤ 任せること=仕事の割り当てに思い切る。任された責任感から学ぶ勢いが増幅する。訊きに来ることは本音で学ぶことゆえ効果は高い。守破離での活躍プロセスで。基本ができうる信用から、任せ、責任持たせるといよいよ持ち味を生かせる。
だからこそ「志事」だ。認められた自意識の高さが「どうしても期待に応える・結果を出すと覚悟を強める。だからこそ学習意欲も高まる。と同時に任せた上司の「任せたことのやったー、できたの喜びは必ず享受させる責任として指導支援を意識的に実践する。忙しがっている上司だからこそ是非実践を薦める。
⑥ 報連相は最適な指導機会= 報告はプロセスチェックだけではない。努力、智恵、頑張りなどを探り、褒め、認めが肝腎。更に不備な点や次ぎに向けてのアドバイスは感謝される指導となる。相談は困ったから来る。頼られる指導機会だ。じっくり聴き適確な示唆を示す。連絡はトラブル発生の予防チャンス。適切な対応策を感謝心で指導する機会である。
⑦ 所属団体主催セミナーの活用=各団体の要請で出講する機会も多い。各社が会員となっているサービス機関である。セミナー受講料は安価であり、無料もある。この権利を利用しない手はない。思い切って受講させればよい。受講者が留守しても決して組織としての仕事の停滞はない。必ず周囲が補う。そこには留守部隊の秘めた能力が発揮され、思わぬ協力関係の強さも醸成される。
⑧ 社外講師の活用=前記加入団体で縁を得た社外講師の活用もお薦めだ。名刺交換での出会いを得て以後実施の相談をする。多少、人柄、考え方も理解しているので親しく自社に即した内容の構築もできる。その縁は予算対応への協力OK、育成目的に最適な指導者の紹介も得られる。また、補助金活用の利用の支援も得られる。
如何であろうか。実施できうる条件を踏まえて踏み出してみるとよい。トップが本気で決断しないことには社員がその気にはならない。むしろ反発を買うとの事例も現実だ。
もう一つの切り口から提言してみよう。それは、身内社員に対する指導実践策だ。
◆身内社員の指導実践策
自身の身内や縁故者には「どうも、言いにくいね」とはよく出される相談だ。相談時に示される事実情報を元に次の点を確認してみよう。ここではトップ・幹部が指導対応していくことにポイントをおき9事項の支援とする。
① 依頼・入社時に「経営の想い」「入社への期待」を丁寧に話すこと
ここまでの発展の経緯を示し、「どういう立場で」「何を」「どのように」「どういう気持ち」でやって貰うか。きちんと、かつ丁寧に話すこと。いわなくても分かってくれていると思ってもこれは必須条件。なぜなら、以後の活躍の善し悪しの共通物差しになるからである。単なる願望での物差しではぎくしゃく感を産むことも多い。
② 普段から一言の言葉を惜しみなくプレゼントする
本人にはもちろんのこと、その人の関係者(親戚縁者)に、「良くやってくれてます」のメッセージを送っておく。普段から味方を増やすのも協力、指導の知恵である。
③「叱るよりも」「アドバイス型」の注意をする
「ここは良いね)」そして「さらにこうするとこうなるね。あなたならきっとできるよ。頼むよ」との流れがOK。時には「あなたならどう考える」と引き出すこともよい。
年配者、キャリアを積んできた人には一目置き、助力をいただく。
④ 親しむ、しかし馴れ合いにはならない
「頼む」「教え」「誉める」これだけでいけばOKだが、私生活での関係と経営者、上司としての関わりについては風格・逞しさをもってのけじめが不可欠。自ら自己を律すべしである。
⑤ 間接指導を考える〔人・場・仕組みの活用)
どうしても直接言いにくいなら、信頼できる人に託す。(必ず誉めの情報を入れ、希望ポイントを託す)誰に頼むかは慎重にすべし。陰口と取られるリスクもある。時には意図的に改善して欲しい事項に関するセミナー派遣もよい。学んできたことの報告を得て、ここぞという点での実践を指導する。
⑥ ご夫妻の支援関係を生かす
主人が注意した事に嫌悪感を持っているなと感じたときには「あなたに期待しているから社長は言ったのよ。わかって頂戴ね……」と奥様がカバーする。立場逆転もあろう。このパートナーシップが必要。両人で重ねる注意は相手を追い込むことになる。
⑦ 報連相はきちんと実行の徹底
こんなことは「別に言わなくても良いんじゃない」との甘えと隠し立ては絶対タブーである。社内外のトラブルに発展するリスクもある。
⑧ 社員間〔縁関係の特性)で、えこひいきと察せられることは絶対にしない
身内には厳しくが原則。子息(女)だからと偉ぶった態度や、いいかげんな行動の時には是々非々を見極めきちんと言う。本人のプライドもあるので面子を潰さない配慮も踏まえて、時には「親の立場も考えよ」とメッセージをする。
⑨ どうしようもないときには紹介者、家族に了解を得てやめていただく
事項①に示した事項を基に、丁寧に事実を確認しながら話し、本人の自省が観えれば以後の活躍に改善点{約束}を示し、その結果により判断すると断言する。
それでものときには毅然とおやめいただく。但し、これまでの感謝を示し、当社の経験を今後の人生に生かすよう示唆し、なにかの折には協力する旨の意思を示す。未熟さの気づきと会社の悪口は言わない約束ごとを本人から出すよう仕向けることにも心する。
まさに変化のとき,その先取りと現実に対応する「変える力」は育成如何である。
「企業はトップの器以上に大きくならない」「部下は上司の器以上に育たない」とは周知の言葉。それは、部下からの働きかけに対して、善し悪しの判断は上に立つ人に権限があるからだ。とすれば、上に立つ人ほど勉強することである。
冒頭のO社長とは、トップの学び合いの場での縁である。O氏は読書し、各種所属団体での学びの機会を生かし、視点の広がりから産学協同、官民の連携へとビジネス力を高めている人だ。
ふと問いかけてみた。自分は、学び合い、磨き合い、成長し合い、そして育て合いを楽しみ、その力を相互に支援し合いのできる縁をどれほど有しているだろうかと。
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東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/
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