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「日米貿易摩擦と米中貿易戦争」(後編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「日米貿易摩擦と米中貿易戦争」(後編)

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

3.「負けるが勝ち」と「韜光養晦」

②なぜ中国は「韜光養晦」を捨てたのか?

かつて鄧小平は、「韜光養晦(とうこうようかい: 爪を隠し、才能を隠し、時期を待つ戦術)」を唱え、中国を外資に開放し、低賃金労働力を背景に輸出を促進し、疲弊し切った中国経済を立て直そうとした。それに呼応し、1990年代に入って、外資が大挙して中国に進出した。

鄧小平は、「社会主義市場経済」という造語で、保守派の目をくらませ、毛沢東の自力更生路線をかなぐり捨て、外資という他力に依拠して、中国を劇的な経済成長への道に乗せた。しかし、その本質は外資に中国の侵蝕を認めたということにあり、いわば植民地化を促したということである。

それは現在に至るまでも変わっておらず、中国は経済面における外資従属国であり、もし外資が総撤退したら、中国経済は即座に崩壊することは疑いのない事実である。

鄧小平の改革開放路線は、中国経済を立て直した反面、中国社会に拝金主義思想を撒き散らし、短時日のうちに大きな経済格差を引き起こした。ことに共産党幹部の腐敗堕落はその極に達し、その結果、共産党への不満が大きく膨らんだ。

鄧小平を引き継いだ江沢民は、共産党幹部の特権を擁護する路線を変更しようとはしなかった。江沢民は共産党への不満の矛先を、人民にさらなる経済成長の恩恵を感じさせ、しかも大国意識を抱かせることによって、そらそうとした。「経済発展は共産党のおかげ」と訴え、一党独裁体制と共産党幹部の利権を守ろうとした。

「韜光養晦」を捨て、中国人民を世界第2位の経済大国であるという錯覚に浸らせ、中国人民に「中国が経済面では外資の植民地状態である」ことを忘れさせた。そして中国は核開発、宇宙開発、空母の建造など軍事強国への道を進んだので、人民は大国意識に酔いしれるようになった。

その後、胡錦濤は五輪と万博を開催することによって、その路線を拡大踏襲した。ことに五輪を開催するのと引き替えに、労働面での民主化ポーズを取らざるを得ず、結果として労働集約型外資を中国から追い出すことになった。そして外資の撤退が時期尚早であったため、中国経済は下降局面に入った。

そのような時期に、リーマン・ショックが襲い、4兆元に及ぶ財政出動を行わざるを得なかった。それは中国社会のバブル経済を昂進させた。そして共産党幹部も経営者も人民も、まじめに働くことを放棄し、投機に狂奔することになった。もちろん中国政府は、労働集約型外資の撤退に伴い、「世界の工場」から「世界の市場」へと看板を書き換えたが、外資の導入政策を変えることはなかった。
 
米中貿易摩擦はこのような時期に勃発した。中国政府は米国の強硬措置に全面的に対抗した。「中国は大国である」と言い切っている手前、米国に頭を下げることも、人民に臥薪嘗胆を呼びかけることもできず、結果として貿易戦争に突入せざるを得なかったのである。

現在は、すでに経済成長が伸びきっている段階で、政府も民間も借金漬けで身動きが取れない状態である。民需の大幅な伸びが期待できず、官需のインフラ整備やさらなる外資の導入しか打つ手がない。この局面で、輸出が停滞に陥った場合、中国は内需転換で,この苦境を乗り切ることができない。

その上、バブル経済も頂点に達しており、それが崩壊する可能性も高い。しかも人民元高政策を取ることもできない。仮に超人民元高になった場合、輸出が全面的に止まってしまう。つまり中国は現在、八方ふさがりで、貿易戦争を回避する戦略・戦術を持っていないのである。

4.米中貿易戦争の結果

12月1日、中国の習近平国家主席とトランプ米大統領は)、アルゼンチンのブエノスアイレスで首脳会談を行った。両首脳は、ひとまず新たな追加関税発動の凍結で合意した。米国側から提起された課題に、中国が90日間の猶予期間で、回答できなければ、まだ発動の可能性があるが、米中貿易戦争のさらなる激化、目前では回避された模様だ。

しかし、今回の米中貿易戦争は、中国内にかろうじて留まっていた労働集約型外資に決定的な打撃を与えた。それらの労働集約型外資は米国向け輸出の関税アップに耐えきれず、多くの企業が迂回輸出に活路見出そうとして、東南・南西アジア諸国に生産基地を移した。中国内には、撤退した労働集約型外資に就労していた労働者を吸収し尽くす新産業は育っておらず、やがて社会に失業者があふれ出すことは必定である。

一時休戦中の貿易戦争が再燃した場合、中国経済は苦境に立たされ、需要が激減し、「世界の市場」に群がっていた外資は、足早に中国を去る。製造型外資と比べて、販売型外資の撤退は容易であるからである。同時に外貨準備高も激減し、GDPも大幅に減る。そして、「中国は世界第2位の経済大国」のメッキがはがれる。それは中国人民が目覚めるチャンスとなり、その結果、バブル経済が崩壊する。

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。