小島正憲氏のアジア論考
「二つの時効」:「韓国」と「中国」(前編)
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)
■時効とは?
時効とは、法律用語であり、刑事には公訴時効、民事には消滅時効・取得時効などがある。
刑事事件では、一定の年月が経つと、国家による訴追権利が消滅し、犯罪者が免罪されてしまうことをいう。
民事では、一定の時間が経つと、その権利を主張することができなくなること、また一定の期間、ある物を占有し続けるとその物に対する権利を取得することができることをいう。
いずれにせよ、一般人にとって、時効とは、「怨恨や複雑な事象を、時の流れが解決してくれる」ものであり、それは「人類の知恵」とも言える。
ちなみに、広辞苑では、
「時効:一定の事実状態が長期間継続し、真実の法律関係を調査することも困難となり、また、たとえ調査できても、これに基づいて永続した状態を覆すことが不当だという場合に、真実の法律関係にかかわらず、永続した事実状態を合法化する制度」
と書いている。
■日韓間の時効
最近、日韓関係を戦後最悪として騒ぎ立て、視聴率などを稼ごうとするメディアが多い。登場する多くの識者やジャーナリストたちはかまびすしく発言しているが、「どうも彼らは本質を外したところで議論を戦わせているのではないか」と、私は思う。
今回の事態に至る発端とも言える徴用工問題については、慰安婦問題と同様に、日本はその蛮行をまず率直に認めるべきである。そこには韓国人の意思もあったとか、大規模ではなかったなどとして事実を矮小化しようとする意見もあるが、日本人は加害者として真摯に反省すべきであり、それに対する償いはすべきである。それは人間として、人道に沿ったあるべき姿であり、いわゆる自虐とは関係のないものである。
ただし「反省や賠償は、これまで数度にわたって政府関係者の謝罪が行われてきたことや、1965年の日韓基本条約での5億ドルの賠償で、“両国間の請求権の完全かつ最終的な解決”として、一区切りついている」と、主張する日本人も多い。これに対して、「謝罪が不十分だ。徴用工個人への賠償責任は残っている」と、強弁する韓国人がいる。それらの世論をバックにして、2018年、韓国大法院は日本企業への個人賠償を求める判決を出した。
慰安婦問題についても、2015年、日韓両外相の間で、「日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」して合意され、韓国側の財団に10億円が寄付された。ところが、その後、韓国各地に慰安婦像が設置されるなど、その合意は反故にされてしまった。日本人の間では、「過去の正式な決定や合意を、一方的に破棄するような態度の国を、信用してテーブルに着き、検討を始めるわけにはいかない」という声が大きい。
最近、日本側の識者の間からも、「日韓基本条約の取り決めがあいまいであった」、「賠償金額は適当だったのか」などという意見も出てきている。それらにも一理あると、私は思う。しかし、同時に戦後生まれの私は、心の中で「当事者でもないのに、いったい、いつまで謝罪し続けなければならないのか? どれだけ賠償すればよいのか?」と、つい思ってしまう。
今では、加害者としての日本人は、すでに亡くなりつつあり、日本社会の主役は彼らの孫の時代になっている。彼らは、「爺さんのやった蛮行に、どこまで責任を感じなければならないのか。国家間に時効はないのか」という思いを持つ者が多い。
加害者が社会の表舞台に立っていた時は、蛮行を糾弾されれば、加害当事者は何度も頭を下げざるを得ない。しかし、日本社会から加害者がほぼ亡くなろうとしている今、日本の世論も大きく変わりつつある。文在寅大統領は、そこを見誤ったのではないか。
加害者の子孫である者が、このような発言をするのは控えるべきであろうが、「そろそろ韓国人も被害者意識から脱却すべきではないのか」と、私は思う。
山崎雅弘氏は、その著書:「歴史戦と思想戦」(集英社新書 2019年5月22日)の中で、「人間の感情は、外部の敵から攻撃されて不当に何かを奪われている“被害者意識”にはとても弱い」と書いているが、今の韓国人はそんな心境にあるのではないか。
今や、被害者・加害者ともに亡くなりつつある。残された日本人には、加害者としてのおぞましき蛮行の記憶はない。しかも戦後最悪の関係であっても、日本には大きな実害はない。したがって卑怯だとは思うが、今は騒がず静かに時効を待つのが得策だと思う。やがて、必ず、その責務を果たすべきときが来るから。
とは言っても、識者の間では、北朝鮮が核開発やミサイル実験を行っている現状で、文在寅大統領がGSOMIAを破棄したことについて、安全保障上、きわめて危険な状況であるとの発言が多い。しかし、冷静に考えれば、北朝鮮がミサイルを日本に向けて発射すれば、今のところ、それを防ぐ軍事的に有効な手段はない。
GSOMIAが破棄されていなくても、情報だけでは、発射されたミサイルを撃ち落とすことはできない。したがって日本の安全保障上、もっとも大事なことは、北朝鮮にミサイルを発射させないようにすることである。それには、北朝鮮のバックの中国に、北朝鮮のミサイル発射を禁じさせればよいのである。
親方の中国は今、苦しんでいる。国家の崩壊という事態も想定内にした方がよい。その場合、北朝鮮も一蓮托生であり、ミサイル発射どころではなくなる。そして北朝鮮が崩壊すれば、当然、南北統一の負担は韓国の肩にかかってくるが、東西ドイツ統一の経験から、韓国だけでは、それを負担し切れないことは明白である。
そのときこそ日本の出番であり、戦後賠償の最終的決着のチャンスである。もっとも、その額は天文学的な数字になるかもしれない。したがって、今、もっとも重要なことは、その時に備えて、それに耐えられるように、日本国家の財政を豊かにしておくことである。
また文在寅大統領は、「北朝鮮との統一で日本に勝つ」と強弁しているが、これも山崎氏の言う、
「人は自由を捨てて強大な“権威”に服従し、それと一体化する道を自らの意志で選ぶことによって、その“権威”が持つ力や栄光、誇りを我がものにしたかのような高揚感に浸ることができ、また迷いや葛藤、自分の存在価値への疑問なども“権威”が取り払ってくれるので、自由とは異質な“解放感”を得ることができる。そんな心理面の“メリット”があるからこそ、人々は権威主義に惹かれるのだ」
という指摘に合致する。
かつて南朝鮮労働党の韓国人共産主義者たちは、金日成率いる北朝鮮労働党と合体し、朝鮮の社会主義化を推し進めようとし、逆に熾烈な党内闘争の結果、皆殺しにされてしまった。今、文在寅大統領は、その不幸な歴史を再現しようとしているように、私には思える。
(後編に続く)
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小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。