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「新戦力に寄り添う育成の取り組み」(澤田良雄)

鬚講師の研修日誌(58)
「新戦力に寄り添う育成の取り組み」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

◆安定と挑戦、このギャップ
 
過去に例を見ない感染予防徹底対策が講じられている。各方面に様々な影響与えていることは周知の通り。とりわけ人生の大きな節目である就活への対応は学生にとっては思わぬ事態の遭遇であり、さらには晴れの入社式もままならぬとの各社の報道もされている。

とかく、安定志向が目立つ新人にとっては「こんなはずではなかった」の心境での戸惑いであろう。しかしながら、採用側の期待は安定にとどまらず「思い切って」とか「挑戦して」の期待である。なぜなら新戦力の採用は、企業の今後に向けた戦略にどうしても新たな能力保有者の確保にあるからだ。

ならば、この「安定」と「挑戦」のギャップをどう融合化していくかが新戦力育成のキーワードといえる。
 
そこで、研修実施に向けた打ち合わせ時には、自身の就活で、売り混んだ能力、あるいは潜在能力を自ら発信し、さらには新たな能力を蓄えて活躍することを積極的に楽しむこと。そのマインドは「チャレンジ」と提起し、研修担当者の想いと摺り合わせ、共有化している。

多分に今年の入社式でのトップの歓迎の挨拶でも
「挑戦・積極的に、失敗恐れず、世界に向けて羽ばたく……」
の文言は多いであろう。

感染騒動の収束が見える頃には、企業、職場にこのような新戦力を迎える。早期戦力化を目指しての研修、受け入れ職場の育成もスタートする。

そこで今回は、新人育成における「安定」と「挑戦」の融合をどう可能にしていくかに着目し、そのキーワードを「寄り添う」とした。

◆感染騒動に学ぶ「寄り添い」の事例
 
「寄り添う」とは、ぴったりとそばへ寄るという意味合いがある。「寄り添って歩く」よく口にする言葉だが微笑ましさと、共に結び合う心で目的地に向かっていく光景が目に浮かぶ。

昨今、寄り添う事例としてウィルス感染騒動においての報道に学んだ。千葉県勝浦市で、チャーター機の第1便で帰国した191人が経過観察で2週間以上、滞在したホテルでの話だ。

*滞在するホテル前の砂浜に「がんばってください」「心は一つ、また来てね」と若い市民がメッセージを描いた。さらに横一列に並んでエールを送った。滞在する人が窓から読んだ、見た。そして伝わった感想は「和ませていただいた」と感謝の言葉として紹介された。

*また、地元の中学生は「励ましたい」とホームルームで葉書半分ぐらいのカードに思いを込めて書いた。そして届け、ホテルのロビーに飾った。市民からは竹灯籠3,000本で砂浜に「和」」と描き、「あと少しです。ガンバレ。勝浦にまた来てください」などのメッセージをプロジェクターで映し出した。
帰宅日には太鼓の演奏でのお送りを試みた。

「帰国(滞在)者に少しでもやすらいでもらえればとの寄り添いの心の届けです。私は正直、聴いたときには不安でした。でも今思えば、市が一つとなり皆様のお力になれたと思います」
市長、良かった。安堵感を持てた小生だ。なぜなら「市民に寄り添って尽くしますと」と信念をもって当選した筆者知友の首長だからだ。

*また、子供たちの寄り添い心に拍手もした。クルーズ船に待機状態。小生はかつて12日間の洋上研修船に毎年10年間講師として乗船した体験がある。従って船内生活ぶりは多少実感がわく。
感染者数が次々と増加。部屋がすべて快適条件か、室外での行動範囲も限定される。高齢者の方々からは持病の薬切れの悲鳴も上がる。
早く収束を……。ご家族のお気持ちはいかほどか。横浜港に来たご家族との電話のやりとりの報道が心を打った。それは、子供(孫)が乗船の祖母にクイズを出す
「四角いボールはなに」「うーん…わかんない。教えて」「段ボール」「あっそうね。(笑い)」
実に微笑ましい。
「早く下船して一緒に航海話をしたい」「聴きたい」そんな目的に向けての寄り添いの家族愛である。 
 
まさに、心を汲み取り、欲する意向を察しての施しである。

新戦力への寄り添いも同様である。成すべき第一歩は新入社員の心と考えや欲する事項を知ることにある。そして、欲する心意気の喚起には、以下が大切である。

◆楽しく活躍するマインドの喚起
 
「やればできる能力をあなたは持っている。いらぬ自己否定で自己の可能性を捨てるな」とは小生の新入社員への支援軸である。

安定とは、「無理しない」、その奥には「恥をかきたくない、保身の心境」があるからだ。

そこで提起しているのが「注目の中で期待に応えた明るく、楽しく活躍する実践の心意気」である。それは、欲する一人ひとりのオンリーワンの花を咲かせる蕾が、この実践によって育まれることに他ならない。

それは以下の10項目である。

① 心の学生服を即脱ぎ、企業人になりきる覚悟を決めよう
② 明るい挨拶・返事でフレッシュさを生かし、好感新人のファンをつくろう
③ ビジネスマナーとルール遵守で安心できる一員となろう 
④ 基本をマスターし、100点満点の仕事で、信用できる仕事人になろう
⑤ 生活を自律し、かつ、プラス思考で心身の健康を促進していこう
⑥ 悩み・心配事はすぐ相談し、ストレスをためないルンルン気分で活躍しよう
⑦「金を獲る厳しさ」を肝に銘じて、今できることの最高実践を重ねよう
⑧ ターゲットチャレンジャーで実績残し、名を残すプロとなろう
⑨ 能力の差は小さいが努力の差は大きい。自分磨きを怠らない
⑩ ありがとう、おかげさまの謝念を忘れず、関わる人に感謝しよう
 
「心が変われば言動が変わる」、学生から企業の新戦力の一員となる覚悟への脱皮が現実の事態に対応する取り組み姿勢を決める。新戦力は有言実行で勝負する舞台のキャストである。だからこそ期待に応えたキャストしての活躍は楽しい。

たとえ 当初は「できない自分」でも「できる人」に必ずなれる成長の場でもあることは、故野村克也監督の言葉に「日本海の浜辺に咲く月見草」がある。

名もなき高校からテスト生として入団して、凄さのある実績を残した人である。まさに月見草が「ひまわり」になった華だ。このことは、現在、たとえ他の人より劣っていようとも、持ちうる能力と、高い想いで精進した能力は、次に産み出す成果をランクアップできるとの教えである。

「今日の我、昨日の我に勝つ」との故美空ひばりさんの座右の銘も同様である。そこに「まずやってみる」とのチャレンジへのガッツポーズが生まれる。

◆育成の環境作り
 
心意気を固め、積極的言動を実現化していくには受け入れ職場の環境作りが欠かせない。それは環境によって人は育つからである。教(教え)育(育む)受け入れ体制として4点提起してみよう。

①受け入れ体制は4人プラス採用担当者
 
受け入れ責任者は部門長であり、メンバーは職場長、指導担当者、そしてメンターである。とかく指導者に投げるだけの部署もあるが採用要請は、企業の戦略に準じた部門としての人材不足への対応であるからだ。

だからこそミスマッチとか早期退職につながることがあってはならない。採用担当者として絶対に退社新人を作らない取り組み方針を掲げているからこそ連携も欠かせない。部門長は最終面接に同席し、採用決定に意向を示した現実もあろう。 

②「想い」と「期待」を摺り合わせする5者面談の実践
 
受け入れ後即実施するのは構成メンバーに新人を加えた5者面談である。そこでは、
*「なぜ、この部署に貴方に来ていただきたかったか」、採用要請した部門長としてきちんと告げる。そして、
*新人から「当社でどんな自己実現を求めているか」を引きだす。
*職場の期待と本人の活躍の方向性を共有化し、担当する仕事を示す。それが
*貴方の「夢、想いの実現に繋がる第一歩である」ことを説く。その実現のためには
*責任もって育成を施す。
*だから思い切って取り組んでくださいと訴求する。これは以後の指導を受ける姿勢作りとなる。
*ただし、必要能力は持ちうる能力でOKか、実際に自分に合っているかの不安もある。

この不安払拭には前記に掲げた10条件を職場に落とし込んで説いていくと良い。なぜなら、提起項目は筆者が長年の新戦力指導からつかみ出した事実データを元に新人向けのまとめ上げだからであり、裏付けの話題は必ず受け入れ側でも持ち合わせているとの想定である。先輩社員の成長事実、自身の体験を通した説話を生かすことが良い。
 
3年で3割の退社 よく出される数字であるが、7割の職場は5者面談の実施により「こんな筈ではなかった」等の新人の想いと・受け入れ双方の違いによる早期退職は起こるまい。併せて、受け入れ職場で本人の人生観、職業観を理解しておくことは以後の教育の整合性を説く上でも生かせる。

従って、定着の責任は受け入れ部門長が担い、新人に対し、適宜実現ぶりに応じた一声をプレゼントとする。そのネタは指導陣からの正しい報告によって成り立つ。

③具体的活躍条件の実現に向けた、挑戦マインドを喚起する

示されたプロのイメージはできた。しかし具体的活躍の有り様、また必要能力は持ちうる能力でOKか、実際に自分に合っているのか、できるのか等の不安があるのが実態だ。

この不安払拭には前記に掲げた10条件を職場に落とし込んで説いていくと良い。なぜなら、提起項目は筆者が長年の新戦力指導からつかみ出した受け入れ側の要望、新人の特性、研修現場から捉えた事実データを元に新人向けのまとめ上げだからであり、裏付けの話題は必ず受け入れ側でも持ち合わせているとの想定である。
 
心が変われば→言動が変わる(新たな実践への挑戦)→言動が変われば→習慣が変わる(根気・甘さへの耐性)習慣が変われば→企業人らしさの人格形成と成長する。

心が変わるこの起点は、未知なこと、不安、できるわけがないとの自虐を超えて苦労を買う、自己の可能性を信じた挑戦への自発的喚起である。先輩社員の成長事実、指導者自身の体験を通した説話を生かすことが良い。

④成長を楽しめる育成プログラムの提示
 
「頑張るぞ・楽しみだ」:それは笑顔で活躍し、周囲からの褒めのシャワーを浴びているかっこよい自画像。このモチベーションと成長への楽しみを共有するのが育成プランである。それは三年計画、一年計画の育成プランであり、成長の階段を上っていく楽しみを共有化するデザインである。

合わせて将来に向けてのキャリアプランの支援システムがあればその併用が望ましい。決して綿密なる計画書でなくても良い。目的は、新人がどんな指導を受け、成長できるかを理解し、自から成長するイメージを描くことにある。

それは将来の一流、世界で通用する成長への「学ぶ楽しみへの誘い」であると共に、以後、具体的に指導する際、「何のために指導するか」に整合性を示していける。欠かしてならないのは社内の導入研修で施された内容を確認し、部署への関連付けや落とし込みを施し、織り込むことである。

◆積極的行動を促進する寄り添い指導の工夫

いよいよ指導の実践である。この段階での寄り添いを3点挙げてみよう。

①新人は何もできないわけでない、知って欲しい欲求を引き出す

楽しさ、これが新人との波長を合わせる寄り添いの指導の糧である。そのためには、「新人は何もできないわけでない」と内なる魅力を引き出すことが第一歩。なぜなら就活を通して体得した多くの知識、情報もある。また面接対応でのマナーもあり、何よりも選んだ職種に関する学業もある。必要資格も有してもいるし、インターシップ制を生かして疑似社員体験もしている。さらには、バイトを通じた組織活動でリーダー役の体験もある。それにIT機器に関する見識、活用能力は高い。

だからこそ引き出しによって、新人の自意識による知られたい欲求事項と、レベルが理解できる。この認識を導入段階で話題に活用すると「わかってくれている人」との安心感となり、指導者への親和感と学ぶ楽しさを触発される。実際、筆者が研修現場でこの施しを成すとこちらに向けたアイコンタクトが強まり図らずも一体感を享受できる。

②やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めて……。
 
昔は「見て覚えたものだ」とは熟練者研修で出される言葉だが、現在でも見て、真似する学習法は多い。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて,褒めてやらねば人は動かじ」とは指導実践の王道である。まず、見た瞬間「凄いな」「どのようにしたらあのようにできるのだろうか」との訊く意思は学び力を高揚させ、その方法をしっかり聴くし、メモもする。わからなければ、質問もする。早く体得する楽しみが沸くから練習を重ねる。できたことを褒めるのは、自信を作る。この連鎖結果が指導の実効である。

肝心なことは、学ぶ楽しさの誘発は「目指す的」に向けての努力であることだ。その的は指導者が「憧れる人」であり、魅せる専門力の凄さと品格ある言動であることは言うまでもない。

③「寄り添う話し方」は新人の条件に対応する
 
指導者から「わかってくれない」とのボヤキを告げられる場面も多い。その解決はどう話すかを考える前に、どう新人の条件に対応するかを気にかけることだ。

気にかけるポイントは理解レベル、親疎のレベル、心情(喜怒哀楽)、疲労感、仕事状況等がある。

具体的な「伝える工夫」には、以下がある。

わかりやすい言葉に配慮する。これは専門語(技術、業界・社内語等)をどう新人の理解レベルに落とし込むか。とかく、難しい言葉で話す独りよがりの指導は、易しく話す言葉の不勉強さから来る押しつけである。「相手が理解できないのは話す側の責任である」。

*さらに、言葉だけの話に頼ることなく、現場、現実、現物の利用である。言葉には限界がある。例えば「いい音ですよ」の「音」を言葉で言い表すことは難解であり、相手の「いい音」と合致はするとは限らない。正しく伝えるには音を出す現物を利用し同条件で伝えることである。

◆安定と挑戦の春夏秋冬ごとしの寄り添い

以後は,教育の継続である。その心得として春夏秋冬の持つ季節感に結びつけてみる。

*まず「春の温かみ」の如し。それは互いに笑顔での名前を付けた挨拶言葉で始まり、楽しみを高揚させる明るさ、親和感に溢れていることだ。互いに声を掛け合う習慣が、自然と職場生活に柔らかみ、温かみのある関係を醸成する。指導場面では進歩ぶりに気を配り、向上に着目して、認めの言葉をかけていく。

*次に夏感覚は「熱き心」である。話しぶりに熱意が伝わることだ。この話しぶりが学ぶ気を高め、自らものにして行く自己磨きに導く。
「熱を持って接すれば、熱を持って返ってくる」
この言葉は平成のKO王と言われた元東洋太平洋ライト級チャンピオン坂本博之氏の言葉である。氏は現在ボクシングジム経営、養護施設の訪問を通して問題を抱える幼少者への指導を施している。そのときの信念である。

秋は、「論理の指導」である。それは「how-to」のやり方のみでなく「why」=なぜの根拠・理由付けの指導の施しである。言葉の意味、なぜこうするのかの根拠、守らねばどんな事態が予測されるか等など、マニュアル、手順書の記入事項の解説、過去の事故事例、指導者の体験を基にして納得へ向けた指導である。
納得しなければ行動が鈍いのが新人特性の一つでもあるので、丁寧さを無精しない。

冬は「厳しさ」である。挑戦する動機付けであり、叱りの施しである。
叱ることは難しい、パワハラと取られるとの声がある事も事実。しかし、教育は指導者と新人の「事の善し悪しの共通の物差し」だ。きちっと【叱る】ことは、本人に「本気で育ててくれる愛情ある人」との信頼感を強める機会である。
また、難易度の高い事項に挑戦させる、あるいは突き放す指導の厳しさの実践である。あがきと、学ぶ意欲の高まりの取り組みは「やればできる自分」の自信を必ず持つはずだ。安定と挑戦の融合化された素晴らしさとはこの状況を作り出すことである。

新たな戦力がもうすぐ入社する。厳しい採用活動で獲得した新戦力である。
「早期戦力化して活躍をして欲しい。決して退社者が出ないように。そのためにはどうしたらいいのか」
このような新人研修に関する多くの支援指導のご相談が一段落の時期である。肝腎なことは教育の目的は受講者が変わることにある。それは、従来の当たり前としていた習慣から、新たな言動を体得し自然に実践される習慣作りである。 

相田みつをの言葉に
「本の字 
 本人 本当 本物 本心 本気 本音 本番 本腰 本質 本性 本覚 本願 
 本の字のつくものはいい 本の字でいこう 
 いつでもどこでも 何をやるにも
 みつを 」
がある。
 
新戦力として期待され新人にとっても、受け入れ側にとっても、小生にとってもこの本のつく字を一語一語をかみしめ「変える」「変わる」課題への取り組みを寄り添いつつ楽しむことである。
本稿がその一助になれば幸いである。

 

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澤田 良雄

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/