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「中国本土の新たな政策姿勢」(真田幸光)

真田幸光氏の経済、東アジア情報
「中国本土の新たな政策姿勢」

真田幸光氏(愛知淑徳大学教授)

世界一位、世界二位の経済大国であり、世界最強の軍事力を持っていると言われる、一方、軍事力強化に余念がないと言われる、米中両国は、今年は、昨年両国の軋轢となっていた通商摩擦問題を一段落し、その関係は、
「一旦は」
改善されるものと期待されていました。

しかし、新型コロナウイルスの問題が拡大する中、米中関係は、
1.新型コロナウイルス問題に対する責任追及
2.新型コロナウイルスのワクチン、治療薬開発競争とそれに関連するハッキングを含めた情報戦争
3.制海権、制宙権争いの再拡大
4.情報覇権争いの本格化と華為技術に対する制裁問題の再拡大化
5.台湾のWHO加盟問題
等々の対立点が明確になり、
「米中覇権争いの深刻化」 
が見られています。

そして、米中両国は、既に、
「ポストコロナ」
を意識し、次の戦略を立て、動き始めていると言えましょう。

こうした中、約二ヶ月遅れて、開催された、中国本土の、全国人民代表大会(全人代)では、李克強首相が、「政府活動報告」を行いました。

その要旨を日中マスコミが示した点を纏めて眺めてみると、以下のようになります。

その内容の、日本にとっての良し悪しは、評価が分かれましょうが、中国本土の政策姿勢としては、とても、論理的で明確、そして分かり易くなっており、これを内外にしっかりと示したことは、それなりのインパクトを中国本土人民に対して、世界全体に対して与えたと思います。

1. 2019年と今年の活動
 
国内総生産(GDP)は前年対比6.1%増の99兆1,000億人民元となった。
都市部の新規就業者数は1,352万人で失業率は5.3%以下で推移している。
農村の貧困人口は1,109万人減少し、貧困発生率は0.6%まで下がり、貧困脱却に成果を上げた。
 
新型コロナウイルス対策で、武漢と湖北を守る戦いに断固として勝利し、決定的な成果を上げた。
国際協力を積極的に展開し、「オープン・透明・責任を持つ」という姿勢で、感染症情報を適時開示し、感染症対策の技術と方法を進んで共有した。
その成果は、習近平国家主席を核心とする党中央の力強い指導の賜物である。
 
一方、感染拡大の打撃を受け、国内の消費、投資、輸出が減少し、雇用情勢の厳しさも顕著となった。
特に中小・零細企業の経営難が顕在化している。
政府活動に不十分な点があり、一握りの幹部に職責の不履行、履行能力欠如の問題が見られる。これに対しては、断固たる姿勢を示す。

2. 2020年の施策

(1)主要目標
雇用の安定・民生の保障に優先的に取り組む。
都市部の新規就業者数は900万人以上とする。
失業率は6%前後とする。
消費者物価の上昇率は3.5%前後とする。

(2)GDP成長率
今年は具体的な年間目標を提示しない。
新型コロナウイルスの感染と経済情勢は不確定性が非常に高く、予測困難な影響要因に直面していることから明示しないこととした。

(3)財政
財政赤字の対GDP比は3.6%以上とし、財政赤字の規模を前年度対比1兆人民元増とする。
感染症対策の特別国債を1兆人民元発行する。

(4)金融
預金準備率と金利の引き下げ、再貸し付けなどの手段を総合的に活用し、社会融資の規模の伸び率が前年度の水準を上回るよう促す。

(5)雇用
新たな雇用を積極的に創出し、失業者の再就業を促す。
大学新卒者は874万人に達し、大学と地元政府が持続的な就業機会を提供する。
農民工が平等に就業できる政策も実施し、就業環境を整備し、社会的な不満が出ないように配慮する。

(6)減税
企業の負担を軽減し、苦境の脱却と発展を支える。
付加価値税率などの引き下げを継続して実施する。
企業の年間の負担軽減額は、2兆5,000億人民元以上となる見込みである。

(7)企業
生産・経営コストの引き下げを推し進める。
国有不動産の賃料を減免し、各種賃貸事業者による賃料の減免や猶予を奨励する。
国有企業は、公共サービス機能の切り捨てをほぼ完了させる。
民営企業は、親身で清廉な政府との関係を構築し、健全な発展を促進する。

(8)製造業
製造業向けの中長期融資を大幅に増やす。
オンラインサービスなどの新業態が感染症対策で重要な役割を果たしており、引き続き支援策を打ち出してデジタル経済における新たな優位性を築く。

(9)技術革新
基礎研究と応用基礎研究を安定的にサポートする。
「国家実験室」の建設を加速し、民間研究開発機関を発展させる。 
科学技術面での国際協力を深化させる。

(10)内需拡大
雇用の安定・所得増の促進・民生の保障により、住民の消費意欲を向上させる。

(11)投資拡大
地方特別債を1兆6,000億人民元増やし、3兆7,500億人民元とする。
国家鉄道建設資本金を1千億人民元増やす。

(12)対外開放
外資参入を妨げている「ネガティブリスト」の項目を大幅に減らす。
国内企業と外資系企業が分け隔てなく公平に競争できる市場環境を整える。

(13)一帯一路
質の高い「一帯一路」の建設を行う。
市場の原則と国際的に普及しているルールに従い、企業に主体的に役割を発揮させる。
こうしたことを基に実体経済における世界的なスタンダードを中国本土スタンダードにしていくことを目指す。

(14)通商政策
多国間貿易体制を擁護し、世界貿易機関(WTO)の改革に積極的に参加する。
東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉を推進し、日中韓FTAなどの自由貿易交渉を推し進める。
米中貿易の第1段階合意を共同で徹底させる。

(15)感染症対策
感染症の報告・早期警報システムを充実させ、迅速で透明な情報開示を堅持する。
特別国債を活用し、ワクチン、治療薬などの研究開発を進める。
医療衛生・感染症対策も強化する。

(16)教育
私立幼稚園の苦境脱却を支援する。
農村・貧困地区の高校生向けに、大学の募集枠を拡大する。
こうしたことを通して、教育格差を是正し、社会の不満を抑えられるようにする。

(17)民生
定年退職者の基本養老金を引き上げる。
失業保険の適用枠を拡大し、保険加入期間1年未満の農民工などの失業者も全て居住地の保障対象枠に組み入れる。

(18)民族・宗教
少数民族と民族地区の発展加速を支援し、中華民族共同体の意識を確立する。
宗教界の人々と信者に経済、社会の発展に積極的な役割を果たしてもらう。

(19)国防
習近平強軍思想、新時代の軍事戦略方針を貫徹し、政治主導の軍隊建設を堅持する。
国家の主権、安全、発展を断固として守る。
これを、厳しい財政環境の中で、国防費6.6%増額の背景、理由としている。

(20)香港・マカオ
「一国両制度」の方針を全面的かつ正確に貫徹する。
特別行政区が国家の安全を守る為の法制度・執行メカニズムを確立し、憲法によって定められた責任を特別行政区政府に履行させなければならない。

この点に対しては、米国をはじめ、国際社会からの厳しいコメントが向けられているが、中国本土は内政問題として、世界の声を無視する姿勢を示している。

(22)台湾
「台湾独立」をもくろむ分裂の行動に断固として反対する。
中台の交流・協力の促進、融合・発展の深化、台湾同胞の福祉の保障に繋がる制度的取り決めと政策措置をより充実させる。

台湾のWHO加盟の断固反対姿勢を示すと共に、台湾の主権を主張する現台湾政府との対話を事実上、拒否している。

(22)国際協力
感染症対策で協力を強化する。
世界経済の安定を促進し、国連を核心とする国際秩序を守る。
人類運命共同体の構築を促す。

自国第一主義を示す米国トランプ政権を横目に、国際社会へのアプローチを強めている。

……と言ったことになりましょう。

今後、中国本土がこうした政策姿勢をどのように具現化、具体化していくのか、しっかりとフォローしたいと思います。

ところで、上述したような米中関係にあって、私が関心を持った韓国国内マスコミ報道の中に、
「米国政府は、ワシントンで韓国など同盟国の外交当局者を呼び、中国本土が推進している香港国家保安法制定の問題点について詳細に説明するなど、事実上の反中戦線に加わるよう要求してきた」
との報道が見られています。

中国本土が強硬に香港安全法の制定を全人代で決定したことから、米国の中国本土に対する圧力が増すのは必至であり、米国に近い国々は、所謂、
「踏み絵」
を踏まされることになりかねないと私も考えています。

更に、米国はこれまでファーウェイ製品のボイコット、反中国本土経済ブロック(EPN)への参加を同盟国に事実上要求してきており、今回、更に香港保安法反対にも加わるよう同盟国に圧力を加えて来ることとなれば、米中対立の激化とともに、世界が再び二大勢力に分化していく可能性もありましょう。

実際に、米国のこうした動きに対抗して中国本土も外交チャンネルを通じ、韓国政府に香港保安法制定の理由について説明し、支持を求めてくるなど、中国本土の同盟国には、中国本土支持を求める動きを示しているのであります。

そうした意味でも今後の動向をフォローしなくてはならないでありましょう。

尚、先般の日本の安倍首相の、中国本土に対する、新型コロナウイルス関連の発言を背景にして、中国本土が日本に対して強い「不快感」を示した一つの背景には、中国本土が、
「日本は米国サイドに寄るであろう」
との予測の下での牽制、そして圧力であると見ておきたいと思います。

 

真田幸光————————————————————
清話会1957年東京都生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。1984年、韓国延世大学留学後、ソウル支店、名古屋支 店等を経て、2002年より、愛知淑徳大学ビジネス・コミュニケーション学部教授。社会基盤研究所、日本格付研究所、国際通貨研究所など客員研究員。中小 企業総合事業団中小企業国際化支援アドバイザー、日本国際経済学会、現代韓国朝鮮学会、東アジア経済経営学会、アジア経済研究所日韓フォーラム等メン バー。韓国金融研修院外部講師。雑誌「現代コリア」「中小企業事業団・海外投資ガイド」「エコノミスト」、中部経済新聞、朝鮮日報日本語版HPなどにも寄稿。日本、韓国、台湾、香港での講演活動など、グローバルに活躍している。
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