小島正憲氏のアジア論考
「新型コロナウイルスと死の三択」(後編)
—-餓死を阻止せよ
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)
3.餓死を阻止せよ
① 中国人観光客は再訪日せず
今、日本の企業の多くが売り上げの激減に苦しみ、休業・縮小・閉鎖・倒産などを余儀なくされている。平常時、企業は売り上げが10%もダウンしたら、赤字は必至である。
ところが今回は、90%ダウンというところも珍しくはない。しかもそれは突然の出来事であり、だれも予測できず準備もできなかった。ことに、インバウンドを当てにしていた業界には99%の落ち込みという企業も多い。頼みの中国人観光客がゼロに近くなったからである。
果たして、アフターコロナで、これらの業界に中国人観光客は戻るのだろうか。おそらくそれは無理だろう。
今回の新型コロナウイルスが中国の武漢発であることは、間違いのない事実である。したがって習近平国家主席は世界に向かって、まず謝罪の言葉を述べ、大国としての悠然たる態度を示すべきであった。残念ながら、今に至るも習近平主席はそれを口にせず、国の内外に弱みを見せないようにしている。
中国は今、経済の悪化に苦しんでおり、巷には失業者が溢れている。しかも問題は、習近平主席がその実態を正しく把握できていないようだということである。どうも習近平主席は「裸の王様」になりつつあるようである。
新型コロナウイルスが武漢で発生したとき、中国政府は初動で大きなミスを犯した。このことを、小原雅博氏は『コロナの衝撃』(ディスカヴァー携書 2020年5月25日)で、今回の中国政府の初動体制の遅れに関して、
「中央と地方の風通しの悪さである。現体制では、習近平総書記が指示を出さない限り、下は誰も動かない」
「危機においては、現場の責任者に個別具体的な判断を委ねることなしに、機動的で効果的な対応は困難だ。武漢市長はテレビカメラの前で、“地方政府は情報を得ても権限がなければ発表することはできない”と爆弾発言をした」
と書いている。
たしかに中国では、数年前から、末端行政組織がすべて「指示待ち・ヒラメ族」になってしまっており、まったく機能不全に陥っている。私もこれが、今回の初動体制の遅れの決定的要因だと思っている。そればかりか、下部組織は正確な情報を上げず、上部組織の喜ぶようなものばかり報告する始末で、その結果、習近平主席は裸の王様になっているのが現状なのである。
習近平主席は初動だけでなく、その後の対応も誤った。SARSのときの経験から、患者を徹底的に隔離すれば、これを封じ込めるし、世界に向けて勝利宣言ができると思っており、武漢を含め湖北省を強制的にロックダウンした。ところがこの新型コロナウイルスはSARSとは違う特徴を持っており、いち早く、その網をすり抜け、全世界に拡散してしまった。
それでも習近平主席は予定通り封鎖を解き、勝利宣言を行った。しかし、その後、想定外の大波が中国に寄せ返し、誤算ドミノが起きてきたのである。習近平主席はそれを予測できなかったし、だれも、その懸念を上申しなかった。
中国はビフォーコロナの時点でも、すでに工場移転や資本流出に悩んでおり、閉鎖後の第二次産業から吐き出される労働者を懸命に第三次産業で吸収していた。そこへコロナが来てしまったので、頼みのレストランや商店などが閉鎖され、再び労働者は巷に放り出された。
労働者たちは自宅に閉じこもり、封鎖を懸命に耐えた。ところが封鎖が解除された後も、レストランや商店には客足が戻らなかった。それどころか、生き残っていた工場も再開・稼働されなかった。欧米各国がコロナでロックダウンしたので、欧米の市場が壊滅し、欧米からの受注分のキャンセルが相次いだからだ。その結果、中国各地で失業者が激増した。中国の公的統計では失業率は6%とされているが、識者の間では20%とも言われている。
李克強首相は6月1日、露店・屋台OKという政策で、失業者を救うという窮余の一策に出た。これはかつて、毛沢東の大躍進政策で疲弊した中国農民を、劉少奇や鄧小平が自留地政策で助けようとした時と瓜二つである。
今、中国は30~60年、逆戻りしているかのようである。30年前、中国に進出したとき、私は屋台で美味しい料理をよく食べた。しかしその後、中国共産党は環境衛生面などを考慮し、露店・屋台を全面的に禁止していったので、各地で公安や城管と露店・屋台主とのいさかいが絶えなかった。
それでも結局、最近ではほとんど姿を消した。ところが今回、その露店や屋台が中国全土で復活したのである。それだけ中国は、失業者の激増に困っているということである。しかしこの時代錯誤の政策は、やがて一般商店・百貨店・モール・ネット販売へ大きな打撃を与え、さらにマンションバブル崩壊への引き金となるにちがいない。ただし、その後、李克強首相の「露店経済」には、どうも、どこからか急ブレーキがかかったようだ。
昨年、中国政府は香港からの資本流出を食い止めるために、「逃亡犯条例」を制定しようとした。しかし香港人民の反撃に会い、見事に失敗した。それは同時に、台湾の総選挙での親中派の敗北という想定外の結末を招いた。
おそらくそのとき、習近平主席は「国家安全法」を今年の全人代で通すという決意を固めたにちがいない。ところがそこにコロナがやってきた。止む無く全人代は延期したが、「国家安全法」を延期することはせず、予定通り可決した。
ビフォーコロナでも、中国は外貨不足に陥っており、中国政府は工場移転や資本流出を食い止めようと躍起になっていた。アフターコロナでは、工場移転がさらにはげしくなり、資本も流出していっている。そのようなときに、習近平主席は「金の卵を産む鶏を殺す」ことにしたのである。この時期に、なぜ金融センターとしての香港を潰す愚策を行うのか。それは、だれも、習近平主席に真相を告げる人がいなくなってしまったからだろう。
中国は、個人も政府も、もともと借金過多である。若林栄四氏は、『マネー消失』(ビジネス社 2020年6月1日)で、
「(中国の)外貨準備についてはかなり怪しい。金融関係者によると、外貨準備とは本来は中国政府と中央銀行である人民銀行のみが持っている額をカウントすべきなのを、中国側は国有銀行保有分とされる企業の決済預かり金を含めて計上しているという」
と書いている。
これは、従来から私が指摘していることでもある。そんな状態だから、都市封鎖を行っても、武漢人民への補償は一切ない。休業・縮小・閉鎖・倒産した企業への労働者対策も、政府からの指示はない。したがって今、中国人民の合言葉は、「現金を持つ・投資しない・無駄使いしない」と相成っている。
そんな人民が大挙して日本に観光に来ることはない。ただし新型コロナウイルスのおかげで、日本各地のカジノ誘致構想が頓挫するだろう。なにしろ最上のお客さんが来ないことがわかったのだから。
② 餓死を阻止するため、緊急出動はやむを得ない
世界各国政府は、アフターコロナの経済復興のために、政府資金をジャブジャブとつぎ込んでいる。負けじと日本政府も補正予算を組んで、大金を注ぎ込んでいる。ただし、それはすべて国債発行という名の借金であり、やがて日本国民が税金として払わなければならないものである。すでに日本政府の借金は、GDPの3倍にあたる1470兆円(2018年3月)にもなっており、すでに危険水域に入っているという声も大きい。
浜矩子氏は、『人はなぜ税を払うのか』(東洋経済新報社 2020年5月28日)で、
「財政は健全指向がいいに決まっている。その上で、経済状況に応じて臨機応変に動く。それが政策というものの仕事だ」
「財政はゆとりのある状態に保っておくことが基本だろう。一朝有事対応で借金をすることになっても、一方で貯金があればすぐに返せる。要は家計と同じだ。一方で貯金がなければ、ローンは組まない。それが健全対応である」
「本書のゲラ作成が進行している中で、新型コロナウイルスによる感染症が襲ってきた。今こそ、経済活動に対する外付け装置である財政が、柔軟にダイナミックに出動すべき場面だ。人々の無償の愛の証である税金は、このような時こそ、人々のために機動的に有効活用されなければならない。そして今、改めて強く確信する。平時において、財政は間違いなく健全状態を保持していなければならない。そうであれば、今この時、政治と行政はアレコレと悩まずに国民のために奉仕することができる」
と書いている。
これに対して、竹中平蔵氏は、「コロナ危機の経済学」(週刊エコノミスト 6/2号)で、
「日本は財政赤字を増やしたが、円安になっておらず、株価はそんなに下がっていない。このことは日本の財政に関し、当面深刻な問題は少ないということが証明された」
と壮語している。
また髙橋洋一氏は、『コロナ不況後、日本は必ず復活する』(宝島社 2020年6月8日)で、
「今はマイナス金利の時代なので、事前に発行して基金を作っても利払い負担はない。それどころかマイナス金利なので、逆に収入がある」
「日銀がマイナス金利政策を実施しているので、政府が国債を発行しても、現在の金利環境は壊れない。だから私は以前から、国債発行枠を増やし、100兆円基金を作っておくことを提唱していた。100兆円あれば、緊急事態宣言が長引いても予算に困ることはない」。
なお高橋氏は、
「日本の財政はかなり健全だ。そもそも日本の借金は多くない。独立行政法人も入れた日本政府の借金は、GDPの3倍にあたる1470兆円(2018年3月)もあるが、一方で、989兆円の資産もあり、実質の借金は484兆円である。484兆円は大きい額であるが、日銀が国債として保有している額が459兆円分あり、実質的にはゼロに近い。このような状態の中で、100兆円国債を増やしても問題は何一つない」
と書き、さらなる借金を容認している。
またハイパーインフレを恐れる声に対しては、
「ハイパーインフレが起きるのは、一つは極端な品不足=供給不足の時に起こる。そしてもう一つは、その国の通貨が信用されなくなった時だ。その国が財政破綻を起こした時になりやすい」
と書いている。
私は、浜矩子氏に与するものだが、今は緊急事態なので、まず輸血して、経済崩壊と餓死を阻止し、その後で無借金状態に戻すことが必要だと思う。
一般企業の中でも、冨山和彦氏が、『コロナショック・サバイバル』(文藝春秋 2020年5月10日)で、
「結局、危機に強い会社は平時において良い経営、フローにおいては高い利益水準、ストックにおいては厚い自己資本を持っている会社なのである」
と書いているように、この逆境でも支援なしで生き残る企業もある。いわゆる平時から無借金経営を貫いている企業であり、日本にはそれが少なからず存在している。
アフターコロナでは、「国家財政も家計も、平時においては健全状態を保持していなければならない」という考えが常識化している世界に、そして無借金国家に早く戻さなければならない。新型コロナウイルスで死ななかった人たち、ことに高齢者は、最後の力を振り絞って借金を完済していかねばならない。高齢者に食い逃げは許されない。
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小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。