武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.36
「半導体不足は日本ハイテク復活の予兆である可能性」
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
(1) 株式市場焦点は半導体に
■半導体が株価上昇をリード
2020年秋口まで世界の株式市場はGAFA中心のグロース株が上昇のけん引役であった。しかし米大統領選挙以降、GAFAに代わって半導体がけん引役になっている。半導体はグロースセクタへと見られがちだが、景気敏感株の代表でもあり、需要と業績の急反発を理由に買われている。
図表1に見るように、フィラデルフィア半導体指数(SOX)、国別では半導体2大強国の韓国、台湾指数が特に好調である。日本株式も米欧より好パフォーマンス。市場のフォーカスは明らかに、2021年景気急回復を主導する製造業にシフトし、韓国・台湾ほどではないが日本株式にも照明が当たっている。
図表1:主要国株価とSOX指数推移
(2) 突如浮上した半導体不足による自動車減産
■車載用半導体、なぜ不足したのか
コロナ感染により世界的に需要回復にブレーキがかかる中、半導体不足による自動車生産の減産のニュースが突如現れた。それも長期化するということである。
ホンダは国内および北米と中国で減産体制に入った。日産も1月に減産開始。トヨタは米国でピックアップトラックを減産、中国でも一部ラインを停止した。独フォルクスワーゲン(VW)や米フォードなど海外勢も生産調整に動いている。
この影響は数か月から半年尾を引く可能性がある、とのアナリストのコメントも報じられている。
1) 自動車需要の急回復をメーカーが読み違えた、
2) ゲーム、消費者用エレクトロニクス製品向けなどに半導体生産ラインを抑えられてしまった、
等が理由として指摘されている。
しかし全体としては、半導体需要の背景にあるエレクトロニクス機器需要はピークには戻っていない。他方で半導体供給は2020年で前年比5%と成長を続けており、需給ひっ迫という状況ではない。
図表2:世界半導体需要推移
■電子機器需要はまだピークに戻っていないのに
自動車需要も、スマートフォン需要も過去のピークには戻っていない。スマホは2017年14.5億台でピーク、2020年は12.0億台とピークを下回る予測である。2021年も13.8億台と予想され、すでにスマホ世界需要は完全に成熟期に入っているのである。
自動車販売も中国で急回復しているが、まだピークではない。中国の2020年の中国の新車販売台数は2527万台前年比は1.9%減と、3年連続で前年実績を下回った。米自動車販売も回復傾向の鈍化がみられる。11月の自動車販売台数は季節調整済み年率換算で1555万台と、前月の1621万台、前年同月の1709万台をそれぞれ下回った。
図表3: 世界のスマートフォン市場規模・出荷台数の推移及び予測
図表4: 中国自動車総販売台数推移 (月次)
■半導体不足要因 1)、米国の対中半導体制裁
何が起きているのか。二つの要因が考えられる。
第一は米中摩擦が半導体需給に乱気流をひき起こしている可能性である。まず
1) ファーウェイは米国による半導体購入禁止の制裁前に巨額の半導体在庫積み増しを行った、
2)ファーウェイから市場シェアを奪うチャンスと見込んだ競合他社が、半導体を買い漁った、
3)米政権によるSMIC制裁により、SMICからの調達不安を意識した半導体ユーザーが他のメーカー(TSMC等)への発注を強めた、
等である。
米政府は12月SMICをエンティティリストに登録し、SMICへの出荷を免許制にし、米国の半導体製造技術の利用に制限を加えた。これにより一部のSMIC顧客は供給に制限が出ることを懸念し、他の半導体メーカーへの代替を考え始めたようである。SMICは、最先端素子は作れていいないものの、半導体受託生産世界シェア5%、2019年の売上高31
億ドルと、レガシー半導体分野ではそれなりのプレゼンスを持っており、そこからの需要シフトが一定のインパクトを与えたのである。
このように摩擦が新規需要を刺激したこととともに、米国の対中制裁により中国の半導体工場建設が滞り、供給力が増加していないことも指摘される。2年程前まで中国における半導体投資の急増により、世界的に半導体需給が緩和すると懸念されていたが、逆の事態となったのである。
図表5: 中国のIC市場規模推移
(3) 半導体需給構造の大変化
■半導体不足要因2)、半導体需要構造の変化、先端品不足からレガシー品不足へ
半導体不足が突如浮上した第二のより本質的な理由として、半導体需要構造が転換期を迎えている可能性を指摘したい。半導体需要が構造変化しつつあり、品目別に供給力不足が表面化している可能性である。産業用、自動車用など、レガシー半導体と呼ばれる、旧世代のものが不足している可能性である。
これまで半導体需要の主力であったスマホ、パソコンなどの電子機器・個人用のインターネットターミナル市場(B to C)は、今や完全に頭打ちとなっている。これに代わり、新たな成長分野として台頭しているものが産業用、自動車、エネルギー開発、インフラ関連(B to B)である。5G 、IoT時代の主戦場は産業機器分野である。
この新規成長分野の半導体はこれまでの先端高集積のMemory, Micro, Logicではなく、旧世代型(レガシー)半導体である。具体的にはアナログ、パワー、オプト、センサーなどである。今不足している車載用半導体はこちらである。
自動車はEVになると半導体需要が大きく増える。一台当たりの半導体搭載金額はガソリン車220ドル、電気自動車400ドル、HV車480ドル、レベル3自動運転車800ドルと推計(英調査会社Informa)されている。
図表9は半導体の加工線幅、微細化別の需要見通しだが、今後最も増加するウェファー需要は40ナノメートルのレガシーものである。これらの半導体は高密度高集積よりも、省電力、耐熱、耐振動性など、異なる特性が求められる分野である。半導体のビジネスモデルは大きく変化するといえる。
このように、現在の半導体不足には、5G、IoT時代の需要構造変化に供給サイドが対応できていないことも一因と考えられる。
図表6:世界電子機器の市場規模推移と予測
図表7:機器一台当たりの半導体、電子部品搭載比率
図表8:半導体需要の中心が先端ものからレガシーものへ
図表9:加工線幅別シリコン需要推移と予測
(4) 半導体需要の新潮流は日本にとっては有利
■半導体新規需要は日本の得意分野に
以上のような半導体需要の変化、技術潮流の変化は、日本にとっては有利である。2015年ごろまで日本のハイテク産業は連戦連敗であったが、退潮が止まり復活する時期に入っていると言えるかもしれない。これまでの半導体産業のリーダーは、多額の資本投下に先行し最先端の素子でコストを下げ市場シェアを一気に獲得してきたサムスン、インテル、TSMC等の巨大企業であり日本企業は太刀打ちできなかったが、その土俵が変わるのである。
1) レガシー半導体はパワー半導体、センサー、オプティカル半導体など、依然日本が競争力を持っている分野が多く日本に復活の土俵を与える、
2) 日本はハイテクニッチのオンリーワン分野、部品・材料・装置などのハイテクサプライに特化、例えば半導体製造装置は世界シェア35%以上、材料に至っては約60%のシェアを占めている。カスタマイズされた多種多様な半導体分野での最適ソリューションを確立するには、日本のニッチな高度技術の重要性が高まる、
3) 今の日本に失うものなし(半導体・テレビ・PC・スマホすべて市場を失った)、等が指摘できる。
レガシー半導体の工程技術では、キャノンやニコンなどの露光装置需要が増加するかもしれない。最先端の極端紫外線(EUV)露光装置はオランダのASLMの独壇場であり、日本メーカーは埒外であったが、チャンスが来る。
これから先、従来の半導体メーカーは微細化競争に後れを取ったインテルのように、様々な困難に遭遇するだろう。高額投資を積み上げる微細化競争はいずれ利益を生みにくくなっていくかもしれない。半導体の価値は設計思想にますます偏るようになり、ファブレス企業が中心になり、アップル、アマゾンなども自前の半導体開発を始める意向を示している。
そのような時代になってもTSMCのような最優良の受託生産企業と、そこに多様なサプライを供給するハイテク・ハード・ニッチに特化した高技術企業はますます必要とされるようになる。高機能半導体を作るには高機能の材料部品が必要。その技術の宝庫が日本である。
図表10:半導体工程別・国別シェア
図表11:半導体材料・装置の世界シェア
図表12:半導体生産国別シェア (ウェハー投入ベース)
■圧倒的な日本のハイテクサプライ競争力
韓国と台湾は今や半導体の2大強国である。図表12に見るように両国で世界の半導体生産の42%を支配しているが、中国での両国企業の生産を考慮すれば世界の半導体生産の半分を2か国で支配しているといって過言ではない。この2大半導体強国は、共通の貿易構造を持っている。
図表13は韓国と台湾の相手国別に見た貿易収支であるが、両国ともに資源、エネルギーとハイテクサプライ(材料・部品・装置)を輸入し、半導体などハイテク製品を中国(含む香港)、米国に輸出するという構造により、巨額の黒字を計上していることがわかる。また中国は台湾・韓国から半導体を輸入しハイテク完成品を米国・欧州に輸出している。
韓国・台湾、及び中国に、ハイテクサプライを一手に供給しているのが日本である。この韓国、台湾における対日依存は、ここ10年来全く変わっていない。2019年の対日貿易赤字は韓国192億ドル、台湾208億ドルであり、両国とも日本がほぼ最大の赤字相手国になっている。
日本は世界最強のハイテクサプライの地位を築き上げているといえる。この日本のハイテクサプライでの強さは、新たな半導体需要構造の下で一段と強まるだろう。
図表13: 日本からの輸入に依存する半導体2大強国、韓国・台湾の貿易収支(四半期ベース)
図表14: 米国・中国・日本の相手国別貿易収支(四半期ベース)
(5) 半導体の新しい技術トレンド、モア・ザン・ムーア
■高集積化から離れた時代の要請
これまでの半導体の技術トレンドの核心は、1.5年で2倍、3年で4倍という集積度の向上(ムーアの法則)であった。コンピュータ、携帯電話の小型化、飛躍的高機能化は全てムーアの法則の賜物と言ってよい。このトレンドが今大きく変わろうとしている。
高集積化が技術的に限界に達したということではない。線幅の微細化はまだ進行しており、多層化技術も加わり高集積化は依然として進行中である。しかし今後の需要の中心となる産業用、自動車、エネルギー開発、インフラ関連等では、高集積以上に省電力、耐熱、耐振動など多様な特性が求められる。
例えばセンサーは物理量の変動を電気信号に変換するが、それらが変換する量、温度、圧力、運動などはアナログであり、それが絶え間なく変化する。現代の自動車は数百を超えるセンサーを搭載し、エンジンに必要な燃料混合気から車内での一酸化炭素濃度まで、あらゆるものをモニタリングする。加速度センサーは衝突を検知し、エアバッグを展開する。ジャイロセンサーは変位を検知する。このような多様性が新たに求められる特性である。
■多様な技術要素の擦り合わせ、日本の得意分野
より少ないチップ数で多くの機能の実現を要請されるので、同一チップ上でアナログ向けのバイポーラ、デジタル向けのCMOS、電源向けのDMOSといった異なる種類のトランジスタを形成することが必要になり、製造工程は、デジタル回路だけで構成されるメモリーやCPUなどとは全く異なってくる。
また回線速度をより高速化することを目的に光デバイスに対するニーズが増加する。光信号と電気信号を変換するため、主にレーザーダイオードやLEDが用いられる。
このように半導体に対して、多様な技術要素、特性を求められる時代が来る。一つ一つの使用現場のニーズに即した半導体開発が求められる。日本の多様技術、多様なサプライをもたらすハイテク生産エコシステム(産業クラスター)か強みを発揮する時代が始まっていると考える。
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