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「変革なき歴史決議」(前編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「変革なき歴史決議」(前編)

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

中国で、11月8~11日、中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)が開催され、「党の100年にわたる奮闘の重大な成果と歴史経験に関する決議」(以下、歴史決議と略記)が採択され、決議の概要を含めたコミュニケ(公報)が発表された。その全文を、日本経済新聞が13日付けの第13面の全面を使って、翻訳文を載せた。

今回は、この翻訳文への、私の斜め読みの結果を記す。ただし、私には中国語の決議本文を読む力はないので、日経新聞の翻訳を全面的に信じて論を進めたので、翻訳に関しての異論・反論が出ることについては甘受する。

なお、決議の全文は16日に発表され、それは3.6万字を超えるという。(以下、赤太字は筆者)。

1.変革なき歴史決議

メディアの中には、今回の歴史決議を、毛沢東・鄧小平に次ぐ歴史の大転換を遂げるものだと持ち上げているものもある。日経新聞でも、本決議文の見出しには、「習氏の“新時代”幕開け」と書き、小見出しで、「毛沢東、鄧小平の時代に続く第3の“歴史決議”を採択し、習近平総書記は両者に並ぶ権威を確立し、来年秋の党大会での異例の3期目就任を固めた」と報じている。だが内容は、鄧小平路線の延長を表明しただけであって、毛沢東・鄧小平両路線を統合・止揚したものではなく、変革なき歴史決議であった。

歴史決議では、毛沢東時代を振り返って、「毛沢東思想はマルクス・レーニン主義の中国における創造的な運用と発展で、実践によってその正しさが証明された、中国の革命と建設に関する正しい理論原則と経験総括であり、マルクス主義の中国化の最初の歴史的飛躍だった。党は人民を指導して自力更生を貫き、発奮して富強を図り、社会主義革命と建設の偉大な成果を生み出し、中華民族の有史以来最も幅広く奥深い社会変革を実現し、一窮二白で人口の多い東洋の大国が社会主義社会に突き進む偉大な飛躍を実現した」「全党は唯物史観と正しい党史観を堅持し、党の100年にわたる奮闘の中から過去に我々はなぜ成功することができたのかを見極め、今後どのようにすれば引き続き成功できるのかをしっかり理解する必要がある」と書いている。

歴史決議では、鄧小平時代を振り返って、「党と国家の活動の中心を経済建設に移し、改革開放を実行するという歴史的政策決定を行い、社会主義の本質を掘り下げて明らかにし、社会主義初級段階の基本路線を確立した。独自の道を歩み、中国の特色ある社会主義建設の一連の基本問題に科学的に回答し、21世紀半ばまで3つの段階に分けて進み、社会主義近代化を基本的に実現するという発展戦略を定めて、中国の特色ある社会主義を創始した」と書いている。

たしかに、中国の現在の「繁栄」をもたらしたものは、毛沢東と鄧小平であるが、その方法は正反対である。上記の大仰な毛沢東・鄧小平時代の総括も、詰まるところ、毛沢東が「自力更生」に徹して、国家と人民を貧窮のどん底に陥れたのに対し、鄧小平は「改革開放」という美名のもと、「自力更生」をかなぐり捨て、徹底した「外国依存」を行い、国家と人民を貧窮から脱出させたということである。

さらに言うならば、土地についての両者の政策も正反対である。毛沢東が地主などから土地を接収し国有化したのに対し、鄧小平はその恩恵に預かって、接収した土地を外資に売却することによって、貧窮からの脱出つまり経済浮揚の原資としたのである。しかも鄧小平はそれを、「期限付き土地使用権の売却」という巧妙な方法で行った。

毛沢東も鄧小平も習近平も、マルクス主義を奉じている。マルクス主義は唯物史観や唯物弁証法を思考原理にしており、そこに「対立物の統一」という原則がある。毛沢東の「自力更生」と鄧小平の「外国依存」、そして、毛沢東の「土地接収」と鄧小平の「土地売却」、これらは見事に対立している。

習近平が、毛沢東と鄧小平の遺した対立物を統一できる政策、より高次元の「自力更生」と「土地接収」を打ち出したとき、そこに初めて第3の歴史決議が成立すると言える。残念ながら、今回の歴史決議の中には、それを満足させる新たなビジョンや理論は全く書き込まれていない。

2.変革の兆しは?

鵜の目鷹の目で、この歴史決議の中から、変革の兆しを探し出そうとしても、その具体的な文言はない。しかし、習近平が土地を再接収することは、さほど難しくはない。鄧小平が土地を売却する際に、時限爆弾を仕込んでおいたからである。1990年代に売却された土地は、30~50年の期限付きであり、あと20年もすれば、その多くが期限終了となり、自動的に中国政府の手元に戻ってくる。かつて多くの外資が、期限終了後のことには無頓着で、この条件を丸呑みし、われ先に買い込んだ。だから習近平は土地の契約延長や再売却を拒否すれば、合法的に土地を接収できる。外資も文句は言えない。そのとき、中国が外国に依存しないで存立可能ならば、これで毛沢東と鄧小平の土地に関する対立物を統一・止揚できる。習近平に自信があれば、それを宣言すれば良いだけのことである。

このように書くと、土地を買い込んでいるのは外資だけでなく、中国企業や中国人民も同条件で購入しているわけだから、彼らの大反対があり、実施は不可能という意見も出てくるだろう。そのときは、開放直後の中国政府が行っていたように、内外差別、つまり外資のみ接収、中国企業や中国人民には適用除外とすればよいだけの話である。

ただし、もし習近平が外資からの土地の再接収を本気で実施したら、中国は世界と断絶、いわば鎖国状態になる。そこまでの勇気は、さしもの習近平にもないだろう。だが、歴史決議は、「中国は経済規模が世界第2位に躍り出た」とうたい上げ、「中国人民は古い世界を壊すだけでなく、新しい世界をつくることができる。

社会主義だけが中国を救うことができる。社会主義だけが中国を発展させられる」と断言している。これらの文言は、毛沢東の自力更生を思い起こさせるものであり、鄧小平の外国依存をかなぐり捨て、「一国社会主義」や鎖国政策の予兆とも取れるものである。

数日前、外国の識者が日経新聞上で、「中国のゼロ・コロナ対策は、鎖国の練習ではないか」と書いていた。面白い見方である。中国政府は、コロナ対策について、歴史決議の中で、「この1年、世界の100年に1度の大きな変動と新型コロナウイルスの世界的大流行の影響が重なって、外部環境はこれまで以上に複雑で厳しくなり、国内の新型コロナ対策と経済・社会発展の諸任務は極めて重く困難なものだった」、「国内と国際という二つの大局を統一的に考慮し感染症対策と経済・社会発展を両立させた」と、高らかに勝利宣言をしている。

だが、現実は水際での14日間の厳格隔離が続き、外国との人流の途絶が続いている。また港や空港での貨物検疫も厳格に行われており、物流にも影響が出ている。この状態が長引けば、たしかに中国は一種の鎖国状態になるが、この練習で、中国が鎖国に自信を持てば、習近平による毛沢東と鄧小平の対立物の統一は可能になるかもしれない。

(後編に続く)                             

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。