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【講演録】ボグダン・パルホメンコ氏「キーウから、ウクライナの今を伝える」

■清話会リモートセミナー   2022年5月30日(月)

 

 「キーウから、ウクライナの今を伝える」

 ーキーウ在住のボクダンさんが現地からリモートで語るー

ボグダン・パルホメンコ(在ウクライナ、SEPA LLC〔美容器具代理店〕経営者

1986年ウクライナ生まれ。90年旧ソ連から母親と日本の神戸に移り住む。大阪で小・中学校を卒業後ウクライナに戻り、キーウの高校、大学、大学院を卒業。大学卒業後は三菱商事に就職、その後MTG(株)に転職。現在はSEPA LLCを立ち上げ、日本の化粧品などの輸入販売を行っている。

 

 

■小中学校は、日本とウクライナで卒業

僕は1990年、5歳になる少し前に日本に行って、以後ずっと日本に住んでいました。そのときはまだソ連邦でしたが、91年に崩壊して、その後も母親が日本に残る決意をして生活をしていました。

年に1回、夏休みの期間、日本の学校が休みのときに40日間、僕はウクライナに戻って、おばあちゃんと一緒に1年分の全ての教科の勉強をし、結局、小学校、中学校はウクライナと日本の両方で卒業しました。その過程で、ウクライナの人のリラックスしたムード、心のピュアな部分に触れて、どこかで二つの国を足して2で割ったら最高の国ができるな、と感じていました。それで両方の国の懸け橋としてできることをやりたいとずっと思っていました。

色々な人と関わることが子どもの頃からあって、会社の社長さんとか会長さん、国会議員、大臣クラスの人たちとか、国を動かしていくような人たちが多かったのです。そこで重要になるのが、ただモノを翻訳して情報を渡すのではなくて、その情報がちゃんと伝わったかというところまで責任を持って伝えること。現地に通訳の人もいますが、彼らは言葉だけ訳すのですが、内容を最後まで吟味せずに訳してしまう。本軸から幹の部分を僕は訳すとすれば、彼らは枝葉の部分だけを訳すみたいな感じで、そこを僕は子どもの頃から意識していました。

その後、日本企業に就職して、今も自分の会社で日本の素晴らしい健康とか美容の品物を紹介しています。ウクライナも日本と同じでお酒とかタバコからだんだん、健康、美容の方向に世間の関心がスライドし始めています。色々な国の商品を見ても、日本のものが一番、肌質にも合うし、誰が飲んでも食べてもすごく効果を発揮するものなのです。多くのウクライナの人に日本の良さを伝えてきました。

 

■ロシアは、戦争ではなくナチスを倒すミッションだと思っている

ウクライナで日本語ができるとなると、ウクライナ市場よりもロシア市場で活躍するほうが、より色々な可能性があるのです。ロシアに出ている日本企業の数も多いし、ロシアとの貿易の数量も、比較すると10倍ぐらいの差があります。ロシアなら100億円のビジネスも、ウクライナでは10億円の規模になってしまう。ですから、ロシアのビジネスをやっていてそこから枝分かれしてウクライナも一つの地域としてやる、というのがポピュラーだったのです。

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