【真田幸光の経済、東アジア情報】
「米国の政策金利の引き上げとインド太平洋経済枠組みの展望」
真田幸光氏(愛知淑徳大学教授)
米国の8月の雇用指標が依然として堅調であるとの見方が出てきており、米国連邦準備制度の積極的な政策金利の引き上げ基調が暫くは続く可能性が高まったと見られている。
即ち、米国政府・雇用統計局は8月の雇用者数(農業部門を除く)が前月より31万5,000人増えたと発表した。前月の増加値である52万6,000人よりは減ったが、専門家の予想値となる30万人を超えたことから、「米国経済は依然として堅調な成長トレンドにある。
従って、こうした景気動向から利上げ余地も出来た」との見方が広がっているのである。 果たして、今月のFRBの金融政策がどのように動くのか、「利上げ幅」も含めて注視したい。
ところで、こうしたFRBの動きに対して、疑問の目を向けている人物がいる。
それは、1997年のアジア通貨危機の際に世界銀行の上級副総裁・チーフエコノミストであった、ノーベル経済学賞受賞者でもあるスティグリッツ・コロンビア大学教授である。
スティグリッツ教授は、「世界的なインフレを抑制、改善する為に米国・連邦準備制度FRBが実施している積極的な政策金利の引き上げが、むしろ世界的なインフレを更に悪化させる可能性がある」と指摘し始めている。これは、CNBCとのインタビューで示されたものであり、「本当に懸念するのは、FRBがあまりにも早く、過度に基準金利を引き上げると、むしろ状況を悪化させることもある」とコメント、その理由として、「今の世界的なインフレは、金利では統制のしにくい、人々が生きていく為に必要なもの、食糧。原材料、エネルギーなどの供給サイドの問題から発生しているものである。
そして、基準金利引き上げが、原油や食糧、原材料増産を促し、食料品やエネルギー、原材料価格を引き下げることに直ぐに繋がるとは考えられない。むしろ問題を悪化させる可能性がある。
つまり、新型コロナウイルスの感染拡大が終焉に近づこうとしている今、サプライチェーン問題を緩和する為には生産施設などを増やす投資が必要であるはずであるが、金利が上がればむしろこうした投資が萎縮するから、むしろ悪影響となるだろうと考える」と指摘しているのである。
スティグリッツ教授は、更に、企業が金利引き上げで高まった資金調達コストなどを、今後、消費者に転換する可能性もあるとも警告している。そして、「企業のマージン(営業利益)が費用と共に増加しているという点にも注目しなければならない。企業が金利上昇によるコスト以上に消費者に対して価格を転加、それが物価を追い上げてもいる」とも指摘している。
はてさて、パウエルFRB議長はこうした意見に耳を傾けるのか否か?こうした点についても注目をしたい。
一方、米国が主導、新たな対中経済包囲網政策とも言われる、新たな経済イニシアチブの一環としての「IPEF」会議が、これに参加したインド・太平洋地域の国々の通商相が対面形式で行う形で実施された。
米国のバイデン大統領は、相互繁栄の為のインド・太平洋地域の経済フレームワーク (IPEF) と呼ばれるこのフォーラムを強く推進してきている。そして、バイデン大統領は、この会議の目的は、加盟国間の貿易と投資の為の新しいルールを作成することであると明言している。日本や米国を含む14カ国の経済閣僚は、インド・太平洋の新しいイニシアチブの下で、初めての直接会談が実施されたということである。
米国は、当該地域に於ける中国本土の影響力が増大する中、共存・繁栄の為のインド太平洋経済枠組みを提案、ロサンゼルスで実施された今回の2日間の会談では、加盟国は正式に交渉を開始することを発表した。各国がどの程度具体的に動いてくるのか、当面は様子を眺めて対応していく必要があろう。
真田幸光————————————————————
1957年東京都生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。1984年、韓国延世大学留学後、ソウル支店、名古屋支 店等を経て、2002年より、愛知淑徳大学ビジネス・コミュニケーション学部教授。社会基盤研究所、日本格付研究所、国際通貨研究所など客員研究員。中小 企業総合事業団中小企業国際化支援アドバイザー、日本国際経済学会、現代韓国朝鮮学会、東アジア経済経営学会、アジア経済研究所日韓フォーラム等メン バー。韓国金融研修院外部講師。雑誌「現代コリア」「中小企業事業団・海外投資ガイド」「エコノミスト」、中部経済新聞、朝鮮日報日本語版HPなどにも寄稿。日本、韓国、台湾、香港での講演活動など、グローバルに活躍している。
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