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「2023 年の経済見通し、リスクシナリオの点検」(武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.60

2023 年の経済見通し、リスクシナリオの点検
~ 来年を悲観的に見なくていい理由 ~ 

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

(1) 世界のブライトスポット 2023 年の日本経済
世界経済の急減速が続いている。IMF は世界経済見通しを 2021 年 6.0%、2022 年 3.2%の後、 2023 年は 2.7%と見ているが、さらなる下方修正は必至。コロナパンデミック、ウクライナ 戦争、米中対立の激化など、経済外のかく乱要素がとてつもなく大きい。サプライチェーン の混乱とエネルギー価格の高騰による 40 年ぶりのインフレに対応し、各国はこぞっての金 融引き締めを実施しているが、2023 年はその影響が顕在化するものと見られる。中でも不 動産バブルの崩壊とコロナ対応のロックダウンによる中国の失速が心配される。

顕在化する日本固有の好要因
しかしその中で日本の底堅さが特筆される年となるだろう。2023 年の成長見通しを IMF は 米国 1.0、ユーロ圏 0.5%、日本 1.6%(10 月時点)、OECD は米国 0.5%、ユーロ圏 0.5% 、日 本 1.8%(11 月時点)と予想しており、先進国の中で日本が一番高くなっている。日本経済は、
①世界的金融引き締めの中で唯一緩和基調が維持されていること、
②パンデミックに対する 過剰反応及び消費税増税によりコロナ後の経済の落ち込みが主要国中で最も大きかったが、 その反動が期待できること(コロナ禍直前の 2019 年 10 月の消費税引き上
 げが 1.5%程度の日 本の総需要を抑制し続けてきた)、
③円安のプラス効果が発現すること、等が日本経済を支 える。

  図表 1: コロナ後の日米欧実質 GDP水準 (2019=100)                    図表 2: IMF 世界経済見通し 

            

円安への転換が全てを変える
大幅な円安の定着により、日本経済の大きな枠組みが変わった。円高が原因となったデフレ の時代が終わり、2023 年の日本経済はバブル崩壊後最も明るい数量景気の年となるだろう。 J カーブ効果により円安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れ る時期に入る。円高で日本から海外に逃げて行った工場や資本、ビジネスチャンス、雇用が、 円安によって日本に戻ってくる。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日 本の津々浦々の地方内需を刺激する。極端に割安になった日本製品を個人や中小企業が購入 し、インターネットを通して海外へと販売する越境 EC(イーコマース)も急増している。
このように安いニッポンに向かって、様々なチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化するだろ う。

     図表 3: J カーブ効果                       図表 4: 企業経常利益率推移

       

企業経営者の行動変化が長期停滞脱却の Last push に
失われた 20 年の長期停滞は直接的には全て企業経営者の判断によって引き起こされた。国内投資の抑制、賃下げ、 借金返済と安全経営等、企業生き残りのためには正しかったこれまでの政策が、今大転換を迫られている。企業経 営者が迫られている必至の戦略変更とは、
①工場の海外工場移転か国内回帰へ
②賃金抑制から賃上げによる優良 労働力確保へ
③安全性最優先のデレバレッジからリレバレッジ経営へである。
行動が変わらない企業は淘汰さ れる。企業経営者の政策転換が、円高デフレの終焉を決定的にするだろう。

 

(2)リスクシナリオの点検 ①日本の金利急騰と景気失速のリスク小
YCC の二つの終わり方
日本経済ウォッチャーにおいて共有されている最大の懸念は、世界で唯一長期金利をコントロールしている日銀の 超金融緩和政策 YCC の帰趨である。YCC の終わり方に勝って終わるか負けて終わるかの二通りがある。勝って終わるとは、日銀が所期の目的であるデフレ脱却と 2%インフレの定着を実現した後、YCC を終える道であり、それ は株高を伴う望ましい終焉である。負けて終わるとは、デフレ脱却を果せずに YCC を終える道であり、長期金利 の急騰、債券暴落、景気悪化と株安が同時に起きるので、景気後退のみならず金融危機を引き起こすかもしれない。 それは日本が世界最大のクロスボーダーの貸し手であり、世界金利のアンカーである故に、容易に世界金融危機に つながるかもしれない。

  図表 5: 日米英独の 10 年国債利回り                        図表 6: 日本国債投資主体別保有比率

             

鍵は円暴落があり得るかどうか、にかかっている。ジョージ・ソロス氏のポンド売り投機に襲われた 1992 年の英 国は、為替を取る(=EMS 欧州通貨制度加盟維持)か、国内景気優先の金融緩和維持を取るかの二律背反(ジレンマ) 状況にあった。今の日本に当時の英国同様の弱みを嗅ぎ取った海外ヘッジファンドが、時折日本売りのチャレンジ を試している。そのチャレンジが成功するかどうかは、日本政府・日銀の許容限度を超える円暴落が起きるかどう か次第であろう。

 

ドル安は 100 兆円レベルの巨大な利益を日本にもたらす
武者リサーチは、タガを外れたような円の暴落は全く考えられないし、日本に円安を止めなければならない理由も ない、と判断している。日本は世界最大のドル保有国なので、ドル高は日本の保有外貨資産の価値を大きく押し上 げる。対外純資産は 3.6 兆ドルと世界最大、米国国債保有額も 1.2 兆ドルと世界最大であり、ドル高は 100 兆円規 模の巨額の為替換算益をもたらす。それを利用することで企業投資、政府によるハイテク・グリーン投資、防衛支 出の増強などの費用が賄える。また企業の価格競争力は飛躍的に強まる。円安が進めば輸入物価が上昇するという マイナスはあるが、それは工場の国内回帰と国内製品の輸入代替を進めるので国内生産はより増加する。

  図表 7: 対外純資産残高推移トップ 5 か国推移                      図表 8: 米国国債保有額トップ 5 か国推移

      

 

軍事同盟下の日米金融協力
日本円を考える上で日米金融協力も大事である。米中対立下で日米政府間の協力は軍事・外交のみならず、広範に 緊密化していることがうかがわれる。円の急落を(620 億ドルという相当の対日貿易赤字を抱えている)米国側が容 認していることは、ほぼ明らかである。コロナ危機勃発直後のドル調達難に際して米中央銀行が巨額の緊急融資を 邦銀に対して行ったことからも、日米金融協力が見て取れる。万が一の円の暴落は米国政府にとっても許容できな いはずである。それは直ちに国際金融を不安定化するし、円安が進行すれば日本企業の競争力強くなり過ぎる。米 国で生き残っている数少ない製造業は自動車、半導体製造装置だが、それらにとって日本企業が最も手ごわい競争 相手であり、産業の利益という観点からも円安に歯止めがかかるはずである。

 図表 9: 米国・日本で 2 分する半導体装置市場                       図表 10: 半導体製造装置工程別各国シェア

    

 

150 円以上の円安の余地は小さい、YCC は当分続く
米国インフレと長期金利のピークアウトという循環的ドル安要因も顕在化しつつある。このように考えればヘッジ ファンドが期待している、日銀が通貨安を止めるために金融引き締めを余儀なくされる、ということは起きようも ない。日銀はじっくり政策目標であるデフレ脱却に自信が持てるまで金融緩和を続けることが出来る。デフレ完全 脱却と株高。次期日銀総裁もインフレターゲットの実現まで利上げを待てる。2023 年のドル円レートは 150 円か ら 130 円のレンジか、日銀の政策フリーハンドは続き、YCC は 2023 年年末まで維持される可能性が高い。

 

(3)リスクシナリオの点検② 米国のリセッション深化とバブル崩壊のリスク小
堅調な米国ファンダメンタルズ
インフレはピークアウト、FRB は断固とした利上げによりインフレマインドのスパイラル拡大にキャップをかけ た。ターミナルレートは 5%を超えていくが、そのもとでも米国景気は、雇用・投資・企業利益等が堅調でソフト ランディングの可能性も残されている。実質賃金はマイナスだがコロナ禍の下で潤沢になった貯蓄と好調な雇用環 境(給与・賃金)、財政政策の寄与により、消費は容易に失速しないだろう。米国企業はインフレにより 10%近い増 収が続き、賃金も上がるが企業の価格決定力も健在で、ドル高による海外利益の換算益減少を除き、利益率が大き く下がる要素は少なく、高水準の利益が維持されるだろう。

  図表 11: 米国長短金利と名目 GDP 成長率推移

 

オーバーキル回避できるか、2 条件(長期金利、司令塔の思想)の吟味
FRB のインフレ抑制優先姿勢によりオーバーキルに陥るのか、回避できるのかの見極めが重要である。武者リサ ーチは、
①潤沢な貯蓄クッションとドル高により長期金利がはっきりと低下趨勢を示していること
②FRB、米 財務省という指令塔は、(パウエル議長がどのようなレトリックを弄しようとも)本質的にデフレのリスクをより強 く認識していると考えられること
の2点により 2023 年の前半に金融政策の大転換が起きると想定する。急速な 利上げが、家計やシャドウバンキングの債務コストの上昇をもたらし、企業・金融破たんを引き起こす連鎖には留 意が必要だが、個別破綻がシステミックリスクに転化しそうな気配があれば、FRB は落下傘的救済措置を取るだ ろう。バブル崩壊論者が待望するような catastrophe は起きそうもない。

長期金利抑制=貯蓄余剰=潜在的デフレリスクの存在
6%のコア CPI の下で 3%台に長期金利が抑制されているということは、潜在的な貯蓄余剰=デフレリスクの存在、 を示唆する。このことにより、いつでも金融緩和という手段を使える。イエレン財務長官が主張する高圧経済状態 を維持するという戦略が生かされるのではないか。比較的タイトな労働需給が続き労働者の強いバーゲニングパワ ーが維持されることで、企業には労働生産性向上のインセンティブが与えられ、それはサプライサイドも強化する。 その場合インフレ率 3%へとターゲットをシフトさせる可能性もあり、FRB の市場フレンドリーという傾向は変わ ることはないだろう。となると 2022~2023 年はリセッションの年ではなく、長期経済拡大の中で 3~4 年ごとに 訪れた 2013 年、2016 年のような、ミニディップの年になるかもしれない。利上げ一巡、利下げが視野に入る 2023 年中には米国株式は騰勢に転ずる可能性が高い。

   図表 13: 米国企業のフリーキャッシュフロー推移                     図表14: 米国散髪料金のインフレ率推移(WSJ)

       

 

  図表 15: 米国単位労働コスト推移                              図表 16: 米国労働分配率と景気推移

             

 

米国経済司令塔の経済思想の推測
武者リサーチは米当局はオーバーキル回避に軸足をシフトしていくと考える。なぜなら現在の米国の最大のリスク が良いインフレを殺すことであり、高圧経済論者イエレン氏はじめ米国のリーダーはそれを強く意識している、と 思われるからである。

米国の根本リスクは企業の好調な利潤が経済成長につながらず、金融市場で滞留して低金利を引き起こしているこ と。この低金利は短期的にはいいことだが、それが行き過ぎるとデフレ、大不況を引き起こす。それを回避するた めには、健全な賃上げ、労働分配率引き上げにより企業の過剰利益を抑制し、他方で賃金上昇により消費が喚起さ れることが必要である。

 

このところの米国長期金利の低下によって、図表に示す如く、コロナ後のインフレと金融引き締めにもかかわらず、 米国および先進国経済の基本矛盾は、

R1 (利潤率) > G (成長率) > R2 (利子率)
という不等式が変わっていないことがほぼ明らかになった。この基本認識が、「インフレはいいことだ」との認識 をもたらしている、と考える。パウエル議長がインフレを一時的(transitory)と評して看過し続けたのは、そうした 基礎認識があったからであり、大枠として間違っていない、と考える。

    図表 17: 米国経済の基本矛盾と解決策

   

 

 

 

(4) 最大リスクは中国、景気失速と台湾リスク
排除できない台湾有事
2023 年の最大のリスクは依然地政学であろう。ウクライナ戦争に関しては、ロシアの敗色が濃厚になるか、膠着 状態が強まるかであり世界経済への悪影響は限定的であろう。しかし極東においては、中国による台湾有事の可能 性が高まっている。

中国経済減速顕著
中国経済は一段と減速、不動産バブルの崩壊は当局の弥縫策を伴い、緩慢ではあるが広範化しつつ進行している。 日本の過去になぞらえれば、不動産不祥事が顕在化しつつも金融不良債権の実態が見えていなかった 1994~5年の 様相を呈している。山一証券破たんから始まる金融危機の数年前に相当する。

11 月の貿易急減も衝撃的である。前年比で輸出-8.7%、輸入-10.6%という中国貿易の落ち込みは、日本(11 月の輸 出+20.0%、輸入+30.3%)、米国(10 月の輸出+11.7%、輸入 13.0%)と好対照であり、変調をうかがわせる。コロ ナ・ロックダウン下とはいえ 11 月消費も-5.9%と前年水準を大きく下回っている。

経済不安に直面した専制的支配者は、対外強硬路線で求心力を図ることが多い。経済困難、長期見通しの悪化が見 えているので、経済力がピークにある今のうちにアクションを取るべきだとの仮説も成り立つ。

「旧体制と大革命」が示唆する習体制の末路
コロナ・ロックダウンに対する抗議運動の自然発生的勃発と広がりは、監視国家による統治能力の限界を垣間見せ た。人々が職にあぶれパンが得られなくなって流民化すれば、強権・監視は威力を失う。パンを求める貧民は、専 制政府のセンサーシップ、監視国家を恐れない民衆と化す。中央集権と独裁権限の強化は、ガス抜きや不満の受け 皿を壊してしまっているかもしれない。慌てた習政権はロックダウンの緩和へと、抗議運動に譲歩したが、それは (一旦は抑え込まれるにしても)抗議活動に一定の自信を与えるかもしれない。

フランスの歴史・思想家 A・トクビルは「旧体制と大革命」において、革命の原因として、①旧体制下の中央集権 化と不満吸収装置の喪失、②ルイ 16 世の民衆に対する憐憫が逆効果を生んだこと、を指摘していると評されてい るが、習近平体制もそうした過程に入り込みつつあるかもしれない。

 

   図表 18: 中国失速する投資、特に不動産                        図表 19: 中国低迷する投資と消費、生産

        

 

 

  図表 20: 中国急減速の貿易                              図表 21: 中国は途上国最大の債権者

        

 

 

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owt