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「突出する日本株高、米中対決と超円安が流れを変えた」(武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.67
「突出する日本株高、米中対決と超円安が流れを変えた」
 武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

 日本株が世界株式の中心に躍り出た。武者リサーチは 「2023 年は日本の大転換の年、日本が世 界投資の中心なる年」 と主張してきたが、それは今や明白である。日本株式は世界最高のパフォ ーマ ン スにな ってい る 。年初来で見れば 、日経平均は+22%と米国(SP500)+11%、 ド イ ツ (DAX)+14%、韓国(KOSPI)+17%を抑えてトップの成績である。コロナ直前の 2020 年 1 月からの 上昇率も+34%とやはり世界主要市場で最高の上昇となっている。

 この日本株優位は、もっぱら抜き差しならなくなった米中対立と円安の定着に端を発している。米中 対立が起きず、円高時代が続いていたとすれば、日本の経済低迷は継続し、日本株の居所は今と は全く違っていたであろう。しかし、米国では左右両極、共和党・民主党を問わず、中国を最大の脅 威とする挙国一致の国論が成立し、対中抑止が最重要の国家アジェンダとなった。このことが日本 の命運を変えたといっていい。

日米半導体協力からすべての流れが始まった
 トランプ政権が開始した対中抑止策は、2021 年 4 月の菅バイデン会談での日米共同声明で初動 が与えられ、対中デカップブリング、日米半導体協力から今日に至る流れがつくられてきた。菅バイ デン会談の一か月後にトリプル A (甘利、安部、麻生) 3 氏が主宰する自民党半導体議連が設立さ れ、10 兆円規模の投資を推進することが決められた。2021 年 10 月には世界最強半導体メーカー TSMC が投資額 1 兆円の熊本工場建設を決め、その完成も待たずに第二期の建設も内定してい る。

 また官民出資の最先端半導体製造会社ラピダスが北海道千歳で累計 5 兆円規模の投資を推 進している。広島サミットに関連して TSMC、インテル、サムスン、マイクロンテクノロジーなど世界大 手半導体企業の首脳が日本に集結し、日本での半導体投資を相次いで打ち出した。熊本では地 価や半導体関連技術者の給与が高騰するなど、ブーム状態が起こっている。この動きは全国に広 がっていくだろう。日本は半導体材料で世界シェア 56%、半導体製造装置で 32%と圧倒的シェア を持っており、中国依存から脱却するためには、最重要拠点である。

 特にこれからの技術革新のカ ギとなる後工程(組み立て)で日本の技術蓄積は世界的水準にあり、各半導体メーカーが日本詣で を始めたようである。一度は完敗した日本のハイテク産業集積は大きく再興に向けて走りだした。

日本浮上を決定づけた米国の円安容認姿勢
 このハイテクでの対中デカップリングと軌を一にして、円が急落した。2021 年には 100 円台であっ たドル円は 2022 年央には 150 円へと、3 割以上の急落となった。
米国による日本叩きの手段とし て、日本円は長らく異常に強い時代が続いた。1990 年代から 2010 年頃まで、日本の強い産業競 争力を抑制するため超円高が定着し、日本円は購買力平価を 3 割以上上回り続けたが、その結果 日本は世界一の高コスト国となり産業競争力が著しく弱体化した。

 製造業は国内工場を閉鎖し、雇 用を削減し海外に拠点を移した。銀行は日本の潤沢な貯蓄を海外融資に振り向けた。円高により 人も金も工場もビジネス機会も日本を離れ、日本経済に停滞が残った。日本のハイテク産業は韓国、 台湾、中国に完敗した。

安いニッポンに世界需要が殺到する
 それがこの円安の結果、日本は突如、世界的低物価国になったのである。2023 年時点での円の 購買力平価は 95 円、それに対して実際の為替レートは 139 円なので、円は実力よりも 4 割近く割 安になった。円高により日本から離れた世界の需要が、円安により急速に日本に集中しようとしてい る。米国による円安容認がこの流れの中心にあることは、様々な状況証拠から明らかである。

 2023 年の日本経済はバブル崩壊後、最も明るい数量景気の年となるだろう。J カーブ効果により円 安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入る。円安で日本 の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まる。また割高になった輸入品の国内生産代替が起き る。政策投資銀行、日銀短観、日経新聞など各種の設備投資調査では、すでに 2022 年において 設備投資が過去最高レベルの伸びとなっている。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激する。安いニッポンに向かって、様々なチャンネルを通じて世界の需要が集中し、 国内景気を活性化し始めている。

 そもそも日本のデフレは、円高で競争力を失った企業が賃金抑制に走ったことから始まった。しかし今、労働需給はひっ迫し、 企業は国内生産体制の構築のために高い賃金を払ってでも良い人を採用し、競争力のあるチームを作らなければならなく なった。「労働はコストではなく価値創造の源泉である」という認識の転換が起きている。連合によると 2023 年の平均賃上げ 率 (5 月 10 日集計結果) が 3.67%と 30 年ぶりの高さとなった。

広島サミットで見せつけた日本の貴重な地政学ポジション
 広島サミットは対中対決の民主義諸国結束の場として大成功をおさめ、日本の貴重な国際的役割を世界に知らしめす場と なった。

 専制国家と対峙する米国の最有力の同盟国かつ専制国家に境を接している日本、素材・部品・装置などハイテク工 業力・技術力で世界トップを維持する日本、ハイテクサプライチェーンで不可欠の環を持つ日本、ダイバーシティを標榜する G7 で唯一の非白人国であり、Global South (途上国)との接点を持つ日本、自縄自縛とも思われる平和主義の国日本、など 日本の稀有な立ち位置が今ほど世界から必要とされる時は、歴史上なかった。

日本株に歴史の順風が
 これらの事情が日本にだけ、経済と市場の好循環を引きおこし始めている、と考えられる。とすれば、今の日本株高は景気回 復とか超金融緩和維持とか、割安是正とか、ケチなことではなく,日本の時代が始まった、日本の繁栄期が始まった出発点 であるということなのかもしれない。 敗戦も、失われた 30 年もこれからの日本の繁栄期の準備の時期であった、とすら言える時代に入っている、とは考えられな いだろうか。