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「混沌の世界・米国ペシミズムと米経済の突出した強さ」 (武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.73

「混沌の世界・米国ペシミズムと米経済の突出した強さ」
~1971 年体制の終焉、ドル一強時代の始まりか①~

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

 

(1) 世界の混沌と高まる米国ペシミズム

世界は混沌の度を強めている。米中対立と中国による台湾進攻の可能性の高まり、ロシ アによるウクライナ侵略、ハマスによるイスラエル攻撃とイスラエルの反撃、等戦後の 民主主義、国際法に基づく国際秩序は灰燼に帰しつつある。

オバマ政権が米国は世界の 警察官の任には堪えられないと言い、トランプ政権は MAGA を唱えて同盟軽視を強め た。中国が異例のスピードで軍事増強を進める中で、米国防衛予算は、米ソ冷戦末期の レーガン時代の対 GDP 比 7.7%から 2022 年には 3.6%と半減した。

この米国の急速なプレゼンスの低下が、世界混沌の最大の理由であることは、論を待た ない。また米国内では中間層の没落と分断、左右の対立、共和・民主両党内での求心力 の低下と議会の機能不全化、など 2024 年大統領選挙を前に、政治の不透明性が高まっ ている。

米国衰弱論はますます力を増している。それはドル価値の低下見通しに結び付 く。米国株価の国際比較から見た割高さ、ビットコインやネット上ではやされて急騰す る Meme(ミーム)株など一部市場の投機化などから米国株式バブル崩壊論(ことに日本や 欧州では)根強く存在し、米国悲観論を強めている。

それは中国、ロシア、イラン、北 朝鮮などの専制国家を増長させ、世界経済の将来展望をも暗くする。

(2) 米国経済の突出した強さと金利上昇

米国経済の突出した強さ
このような蔓延する悲観論に対して、大きく食い違っているものが米国経済の突出し た強さである。例えば過去 1 年余りの間に FRB は FF レートを合計で 5%と過去最速 ペースで利上げをしたが、米国経済は全く失速の気配がない。

それどころか IMF による 2023 年の米国経済見通しは、1 年前の 1.0%から直近では 2.1%へと倍に引き 上げられている。欧州経済や中国経済が顕著に減速する中で、米国経済の強さが際立っている。その強 さの根底には米国で進行する新産業革命と企業の稼ぐ力の向上があると考えられる。最大の牽引車は GDP の 7 割を占める消費である。雇用が堅調で家計の賃金収入が増加し続け、それが消費を押し上げて いるのである。

雇用は過去の利上げ局面である 2000 年 IT バブル崩壊時や、2008 年のリーマンショック時とは大きく異な り、情報を除く全産業で力強く増加している。かつてない「消費増⇔雇用増」の好循環が成立しているよう である。それを支えているものが、堅調な企業収益、抑制されている労働分配率、増加が続く企業部門のフ リーキャッシュフローである。政府による社会保険支援増額、更に、Chips 法、IRA(インフレ抑制法)による 産業支援など財政需要増加も寄与している。

今回利上げの特異性
米国長期金利が一時 5%へと急上昇上昇したことが、市場参加者の懸念要因になっている。物価上昇率が顕著 に低下している中での名目金利の急上昇により、実質金利は 15 年ぶりの高水準に押し上げられた。実質金利 上昇は株式市場やリスクテイクにとって最大級の懸念要因であり、市場が不安定化するのは当然であろう。

このように引き上げられた FF 金利水準に長期金利が後追いする形で上昇し、逆イールド状態がフラット化す る現象というのは、1980 年のポルカ―ショック以来初めてのことである。図表 2 で明らかなように、これま での長短金利のフラット化は、金融引き締めによる景気悪化で短期金利が引き下げられることで実現してき た。この特異の長期金利の上昇は何を意味しているのだろうか。

ボルカ―当時も今回も中央銀行の狙いがわ からなくなった市場が中央銀行のタカ派度の強さに追随する形で、長期金利が上昇したものと考えられよう。 どちらの場合も市場は中央銀行の真意を探しあぐねていたのである。

但しボルカ―当時と今回で決定的に異なるのはインフレの深刻さである。10%超のインフレが 2 年以上にわ たって続いたボルカー時代に対して、今回の CPI 上昇は限定的であった。

2022 年 6 月のピーク 9.1%から今 年の 9 月は 3.7%に急低下した。FRB が最も注目する平均時給(AHE) は 9 月は前年比では 4.2%だが、3 か月 前比では 3.3%、前月比では 2.5%(いずれも年率換算)と大きく鎮静化している。また図表 3 に見るように、金 融市場が織り込んでいる期待インフレ率(名目 10 年債利回り-物価連動債利回り)は、ここ 2 年間の物価乱高下 にほとんど影響されず、2.5%プラスマイナス 0.5%と安定して推移している。

つまり市場は鼻からこの間のイ ンフレはサプライチェーンの混乱やウクライナ戦争による一時的なものとみなし続け、それはほぼ正しかっ たのである。この点で武者リサーチの観測は一貫して正しかった。

米国長期金利上昇が米国潜在成長率の上昇を示唆している可能性
ならばなぜ FRB はそこまで利上げにこだわるのかだが、昨年来の 500 ベーシスの利上げに実体経済が全く反 応しない、その強さがなぜなのか分からないからであろう。FRB は持続可能な中立的金利水準(自然利子率)の 見当がつかなくなり、よって Data Dependent(データ次第)と手探り状態なのである。

パウエル議長が 8 月の ジャクソンホールでのスピーチで「我々は曇り空のもと星を頼りに航海している」と述べたのは、まさしく このことを指している。

仮に技術革新とイエレン財務長官が主唱する MSSE(現代サプライサイド経済学)、高圧経済政策により、米国 経済の潜在成長率が引き上げられているとすれば、当然妥当な中立金利は高くなり、金利上昇圧力が強まる。

このように現在の米国長期金利の上昇は、潜在成長率の上昇に裏付けられた良い上昇か、はたまたインフレ 圧力や米国財政に対する信認の低下等による悪い上昇なのか。またそれらは一時的か、持続性があるのか。 正解がわからない中で当局も市場も揺れ動いているのである。

現時点では不確かだが、武者リサーチは敢えて米国長期金利の上昇は良い金利上昇であり、一定の持続性が あると考えたい。前述のようにインフレはほぼコントロール下に入ったと言える。また財政赤字によるドル 信認の低下やクラウディングアウトなどのネガティブな要因は、現在のドル高進行や、米国民間の潤沢な貯 蓄と積極的米国国債投資(MMF などを通した)などの現実とは整合的でない(図表 4 参照)。インフレと金利の 不確実性は数か月から半年で消えていくだろう。

となると限定的ではあっても、利下げが視野に入ってくる。 利下げには供給力投資を強めインフレ圧力を引き下げるという側面がある。

 

住宅価格抑制には、利下げによる住宅供給増加というチャンネルが有効である。また MSSE 理論に基づけば、賃金抑制には利下げが設備投 資増加を通して労働代替・賃金下落圧力を生むというチャンネルにより有効であることが想定される。

現在の米国では、過剰供給力が放置された 1930 年時代の大恐慌時と異なり、新産業革命による生産性の向上(=供 給力の増加)が旺盛な需要創造でカバーされるという好循環が起き始めている、と考えられる。

(3) 米国ペシミズムを打ち消すドル高時代到来の可能性

米国経済の強さが米国ペシミズムを打ち負かす可能性
米国経済力のこの強さが米国のプレゼンスを押し上げ、世界秩序再構築を成し遂げることができるのか、こ こに議論の焦点がある。

武者リサーチは、どれほど米国経済は強いのか。その強さが米国主導の世界秩序の 再構築に結び付くとしたら、どのような経路が想定されるのか、に関して検証していく。それには歴史の回 顧が不可欠である。

1971 年から始まった第 2 次戦後体制
第二次戦後体制ともいえる現在の世界経済政治秩序の骨格は 1971 年の 2 つのニクソンショックによって形成 された。今それが音を立てて崩れつつある。

その第一は米中国交回復である。世界秩序の中に共産中国を招 き入れ、世界最大の 8 億の民(当時)が世界市場経済の一員になったが、米中対決でそれが壁にぶつかった。第 二のニクソンショックはドル金交換の停止で、以降米国は貿易赤字を増やし続け対外債務が膨張した。

ドル過剰からドル不足の時代へ
このドルの垂れ流しシステムが現代のグローバライゼーションの本質である。ドルの垂れ流しは、米国国民 には消費を刺激し続けることで、海外には対米輸出を増加させることで恩恵をもたらした。

日本、アジア NIES、中国の離陸で始まったアジアの時代は、ニクソンショックの賜物であった。しかしこれも限界にぶち 当たっている。1970 年当時 10%だった米国の財輸入依存度が 8~9 割に達し、もう輸入を増やす余地がなく なった。

他方で米国のサービス輸出と、所得収支黒字が大きく増え始めた。世界経済の最大のブライトスポ ットはアジアでもグローバルサウスでもなく、サイバー空間である。この急速に発展している知の塊である サイバー空間、インターネット・AI 等の分野において、米国は世界需要をほぼ独占し、その利用料金を釣り 上げている。欧州や日本はインターネットプラットフォーマーの独占にペナルティーをかけようとしている が、代替供給者が自国に存在していないのであるから、無駄なあがきである。

となると米国の経常赤字は減 少に転じ、赤字垂れ流しによるドル供給は減速し、ドル不足時代が訪れることになる。またイノベーション の母国、米国の経済成長率は他国を凌駕し始め、それによる高金利が米国への資金集中を促進し始めた。そ の結果起きるドル高は、覇権国米国の財政力を強化し、世界秩序の再構築の推進力となるだろう。

世界秩序 再構築の鍵は強いドルである、との想定が妥当であるかどうか、今後数回にわたって検証していきたい。

 

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owt