江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第十一回 四谷怪談は何故怖い?~
現在、「四谷怪談」として認識されている物語には、実はいくつかのジャンルがあり、それぞれにヴァリアントがある。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第十一回 四谷怪談は何故怖い?~
現在、「四谷怪談」として認識されている物語には、実はいくつかのジャンルがあり、それぞれにヴァリアントがある。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第十回 大掃除は付喪神封じ?~
骨董・アンティークの類に心魅かれる向きも多いことだろう。そういう価値観で文物を見つめると、古ければふるいほど、なんだか有難みがあるように思われてくる……そんな「常識」に、ことに日本人は拘泥するべきでは、本来ないのである。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第九回 丑の刻参りの構造~
時折、ホラー系のドラマなどで丑刻参り(うしのこくまいり)が再現されたりしているから、なんとなくどのようなものかイメージを持っておられる方も多いことだろう。
真夜中の丑の刻(午前一時から三時ごろ)に、神社の御神木など「霊力がある」とされる木に、五寸釘を以って藁人形を打ちつけ、憎い相手を呪うのが「丑の刻参り」である。その遠源は遠く古代にまで辿ることができる古いふるい儀式である。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第八回 タマシイとカラダ~
「魂魄(こんぱく)この世にとどまりて、恨み晴らさでおくべきかァ~っ!」
『東海道四谷怪談』におけるお岩さんの名台詞。「たとえ肉体は失われても、たましいだけはこの世にとどまって、恨みを晴らしてやる」という、断末魔の恐るべき宣言である。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第七回 鬼とおに👹~
人とも思えないほど残酷な仕打ちをする人を「オニっ!」などと罵るけれど、さてその「オニ」とは、いったいどのような存在だろうか?
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第六回 実は官能的なまでにアンリアリスティックな「盆踊り」~
お盆といえば幽霊の「旬」真っ盛り、映画や芝居では『四谷怪談』や『牡丹燈籠』が板に乗り、アミューズメントパークではお化け屋敷が大人気で、若者たちは夏休みを利用して廃墟や山奥のトンネルへ肝試しに向かう―なにゆえに日本人は、お盆になると怪異に魅かれていくのだろう?
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第五回 どうして幽霊は「柳の下」に出る?~
幽霊といえば、「柳の下に出るもので、足が無い……」というのが通り相場だが、それにもそれなりに意味がある。
幽霊の足の論争になると決まって引き合いに出されるのが、円山応挙の逸話である。曰く、「応挙が描いた足の無い幽霊画があまりにも真に迫っていたため、以後、幽霊を描く際は、足を描かないようになった」―と。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第四回 閻魔と地蔵―江戸っ子が信仰した表裏一体の救いの仏~
江戸時代、庶民の間では閻魔信仰が一種のレジャーのように流行した。江戸では下谷坂本の善養寺、内藤新宿の太宗寺、浅草蔵前の華徳院が、三大閻魔と称され、縁日にはそれぞれ賑わった。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第三回 飢餓への恐怖が生み出した呪い「蟲毒」~
奈良、平安以来江戸時代に至るまで、「蟲毒(こどく)」という呪法があると信じられてきた。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第二回 「妖怪・変化・幽霊のこと」~
こちらの連載の表題は「江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化」となっている。ならばまず、妖怪と変化(へんげ)の区別をつけておかずばなるまい。
江戸時代を彩った怪談話・妖怪変化
~第一回 「神隠し」の正体~
怪談話、妖怪変化というと、現代人の目には迷信深く映るかもしれないけれど、実際のところ前近代の方が制度的現実はより厳しく、迷信やファンタジーが入り込む「隙」は案外に少ない、という側面もあった。もちろん、迷信深い人は今も昔もいる、としての話ではあるけれど。