小島正憲の「読後雑感」

『嘘で満ちていく社会』
山口真一著
朝日新書 2026年6月30日
副題:「データで読み解くフェイク時代の構造」
帯の言葉:「それでも自分だけは騙されないって思っていませんか?」
この本からは、学ぶところが多かった。山口氏は、
「国家が中心に据えられた時代、経済が中心になった時代を経て、私たちはいま、第三の転換点に立っている」
「情報が社会の中心に近づくにつれて、その価値も変質していく。産業社会で“富”が競争の対象だったように、情報社会では“注目”が競争の対象になった。何が正しいかよりも、何が見られるか、何が拡散されるかが重視される。情報は内容だけで評価されるのではなく、反応の大きさによって価値づけられるようになった。アレンション・エコノミーの支配だ」
「もし情報社会が、まだ黎明期にあるのだとすれば、私たちはいま、これから数十年にわたって続く変化の方向を左右する地点に立っていることになる。問題は、変化そのものを止められるかどうかではない。変化が避けられないとしたとき、どのような価値を残し、どのような社会を選び取るのか」
と書いている。
山口氏の論を信ずるならば、産業社会の勃興がマルクスを生んだように、情報社会が次なる新哲学者を生むのであろうか。
山口氏は、本書で、さまざまな視点から情報社会やフェイク時代を分析しているが、明快な結論=新哲学の提起には至ってはいない。山口氏がたどり着いている結論は、
「求められているのは“完璧な検証能力”ではない。完璧な検証ができない前提で、どう判断を置くかである。
いまの時代に必要なのは、すべてを見抜く鋭さではなく、立ち止まる余地を残す慎重さだ。“分からない”を許容し、判断を保留し、拡散をしないという選択肢を持つこと。確かめきれない情報に対して、結論を急がない態度である。
完璧な情報検証は、理想としては正しい。しかしそれを前提にしてしまうと、できない人が劣っているように見え、結局は個人責任論に回収される。そうではない。完璧な検証ができない時代に入った以上、私たちは、“検証できる社会”をどうつくるかに焦点を移さなければならない」
である。
なお、山口氏は本書で、フェイク対策として、制度・技術・教育の面から、提案を行っている。
「私は、今を生きる人々が、自らが信じられる情報網を確立することを提言する。もちろん、そこには主体性が重要だが、これまでに生きてきた人生で作り上げてきた人間関係の中で、ネットワークを結成すべきだと思う。
私は、そのために、非力ながら、自らの友のもとへ、自らの信念のもとに、日夜、情報発信を続けていく予定である。「百聞は一見に如かず」という諺があるが、この「一見」は、映像などを見るのではなく、自らの目で現場を見て本質を見抜くことである。
私は、それを発信している。AIでフェイク画像が簡単にできてしまう今日、自らの目で現場を見ることが必須である。だが、それを一人で行うには物理的な限界がある。だから、そのような人々のネットワークができればよいと思っている」。
そして山口氏は、
「情報社会は、人間を理想化しない。完璧な合理性も、常に正しい判断も前提にしない。その代わりに、人間が揺れ、迷い、修正しながら生きている現実をそのまま映し出す」
「人間は弱い。しかし、その弱さを自覚し、誠実さを手放さずに判断を置き直す力も持っている。情報社会は、その両方を等しく可視化する舞台になった。問題は、どちらを見るかではなく、その両方を前提に、社会の仕組みや判断の在り方を考え直せるかどうかである」
「フェイク情報の問題は、人間の欠陥をあぶりだす鏡であると同時に、人間がどこまで誠実であろうとするのかを試す場でもある。情報社会とは、人間の弱さを暴露すると同時に、誠実さが試される社会でもある」
と書いている。
山口氏は、最後に、
「社会とは、常に正しい判断の集合ではない。不完全な判断が、後から修正され、折り重なりながら、結果として大きな破綻を避けてきた。その意味で、社会の強さは、誤らないことではなく、誤りを前提に持ちこたえる点にある」
「フェイク情報があふれる環境は、人間にとって厳しい試練である。しかし同時に、社会がどのように持ちこたえてきたのか。その本質を問い直す機会でもある。完全な理解や一致を目指すのではなく、不完全ままともに生きるのだ」
と書いている。
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評者: 小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化 市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を経ながら現職。中国政府 外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。