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「変える実現は協働力。ならば折衝力を磨く」(澤田良雄)

鬚講師の研修日誌(30)
「変える実現は協働力。ならば折衝力を磨く」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

※これまでの記事は、こちら。

◆協働関係で事は進む

●研修現場で診る
 
先日のH広域行政事務組合の折衝研修の最終講はディベート的討論(小生独自法)。テーマに対する否定・肯定側に分かれての論構成を披露し、交互に論戦を交わす。緊迫感を醸した会場だ。

ここまで重ねてきた折衝場面対応のスキル演習の集大成段階。メンバーは5人で組む。勝ち負けの判定をする審判団を形成し、場の環境により心理的厳しさを加味する。沈黙、発言者のかたより、噛み合う・噛み合わずの交戦、沈黙、時折魅せる鋭い突っ込み、じっくり発言等など、展開における発言者各自の力量が見え隠れする。

準備時間を極力裂いているので日常の素の状態に近い。興奮・緊張での論戦の終了後すぐさま感想を求める。

「論戦のスピードについていけない」
「自分の発言にすぐ反論が返ると思うと気持ちが萎える」
「緊迫するこの空気になじめない」
「仲間の発言に説得力を高める補足の論がすぐ出ない」
「発言しようと思いつつも場の獲得ができない」
「皆で創り上げた立論が生かせない」
「持論は相手の立場、真逆の立場になりきるのは難しい」等々……。

小生が診た想いに近い各自の胸中が吐露される。すかさず、
「普段も緊張過ぎる傾向ありますね。場にのまれて自分の主張を出せない貴方ですね。メモをとるなど緊張感を逃がすと良い」
「一生懸命さはOK。でも、出そう出そうの意気込みだけでは、短い反論だけで、論拠の丁寧さが欠ける。『なぜならば』と接続していくことを心していきましょう」
「早口の癖がある。じっくりのリズムを手先で論の流れを確認するしぐさを実践すると良い」
「実例を入れ込んだ発言はOK。先ほどのプレゼンでも具体例を盛り込んでいた。実例は良くわかっている話だからゆとりが出る。そして相手の気持ちをほっとさせ、理解も深まる。緊迫感も和らぎます。今後も生かすと良い」
「下向き加減の習慣があります。小さく見え、自信なさに写ります。目力を生かす。相手と目を合わすこと。表情に活力が出ます」
「日頃も追随の行動傾向でしょう。だから発言機会を作れなかった。『あのー』、この一言を発する小さな勇気。これで発言の機会は獲れますね」……。

小生が捉えた各自の対応事実と、研修中に捉えた言動を重ね、日頃の傾向を推測、今後の折衝場面における対応策を示唆する。勿論良き点の生かし方と、改善点である。素直に受け入れる。なぜか、「良く診ている」との小生への受け入れだ。

実は、その事はズバリ、改善しなければと潜在的に見い出している本人の思いに近いからだ。変えようと思いつつも変えるきっかけがなかっただけである。だから、自信なさの表情が晴れやかさを醸す。この自らの変える覚悟による実践は、今後の折衝場面での対応に必ず実効を産むことである。

●変わる、変えるは新たな協働関係作りにより実現する

昨今、折衝力に関する研修内容が多い。行政・企業、経済団体など様々であるが、一様にニーズ性の高さがある。なぜか、企業でも、行政でも一人で事を進めるわけでない。各自が主担当となり関わる人たちの協力を得て、まさに協働の総力を結集して事に当たるのが実情である。

成すべきことは、「今まではこうだった、これからはこうする」ことであり、変化対応の「変える」「変わる」の「新しいこと・新たな方法、初めてのこと・独自のこと」に類する。

現実には、特設プロジェクトや各自が施策、企画として提案し、実現に向けて、タテ(上下関係)ヨコ(同僚)斜め(他部署、他社、顧客様、専門機関等)の協力を得ての実現である。簡単に進めば良い。しかし、新たな提案は「なんでそんなことするの、今までで良いじゃないか」という類の抵抗にまず遭うことは必然の理だ。

そこで、どう協力をうながし、協働体制を整えていくのか、そこには理解、納得を得るコミュニケーションが必要である。そのプロセスで欠かせない能力が折衝力である。

◆断りから折り合いを付ける

「折衝は協力を断られたときから発生する」。断られっぱなしでは結局は孤軍奮闘である。いくら自分なりに頑張っていると言っても、所詮一人の能力には発想、労力には限界がある。

断っておくが今や、時間的余裕を持った協力対応などあり得ない。各自が目一杯の負荷を持っての日常業務である。従って、協力するとは、入る隙のない時間に協力対応の時間をどう創るかから考えなければならない。だから断りから入るのは当然だ。 では、折衝的コミュニケーションの基本とその実践に目を向けてみよう。

●折衝とは納得を得るプロセスである

折衝というと「相手を言いくるめる」とかこちらの言い分を押し通すといったイメージがあるが、本来は、「利害関係(異見)の対立を超えて、互いに納得を創る行為(協力関係の構築)」と言うことがいえる。

そのことは「折衝」の語源を解しても理解できる。つまり、衝を折ることであり「衝」は衝突、衝撃等というように突き当たる、”相手を突くとの意味合いで、「折」とは互いに折れるところは折れ、納得できる結論を導くということである。ひと言でいえば「折り合いを付ける」とよく表される。
 
このプロセスでは、こちらの思い(提案、企画、施策、政策、主張、依頼、意見……)を理解(わかる)→納得(なるほど)→共感(こちらにもプラスあり)のコミュニケーションの重ねが不可欠である。その前提には、
●日頃の人物的影響力が問われる

「好きな人の話なら聞く」「いやな奴の話は聞きたくないし、断りを考えながら聞く」このことを抜きにして入り口は開かない。従ってその場になっていくら好感人間を装っても人は信用することはない。日頃からの対人関係や信頼関係がどうであるかが問われる。

更に組織は正直だ。「あの人の考えだから必ず結果が出せる。ならば自分も加わりたい」との意思が働くのは自然である。求心力といえるが、無理だと思いつつも協力できる方法を考え出すことは事実。

現実はきれい事ではない。生身の人と人の関わりであるから好感度、実績形成、この累積パワーは折衝を進めていく前提条件である。不足なら、この条件を整えることの働きかけから取り組むことが必要である。次に、進め方を提起してみよう。

◆「学ぶ」→「理解・納得を得る」→「条件を調整する」の3段階

◎第1段階「学ぶ」<それは質問力・聴解力を磨くこと>

どこから話を切り出すか、そのヒントは相手から学ぶことである。折衝を成功させるコツはここから。即ち、相手の現状の業務状態、依頼事項に関する成熟度(知識、必要技術、関心度、興味、意欲、経験など)はどうか、自分、自部署に対する感情はどうか等。

逆に言えば、提案に関してわかっていないことはどこか、抵抗を感じる事項はどんなことか、経験から来る不安点など……が分かれば説明すべき内容、強調点が見えてくる。やみくもに一所懸命夢中に話しても単なる一方通行であり、押しつけに過ぎない。それでは折り合い点を見出すこともできず徒労に終わる。

まず「訊く」→「聴く」。いわゆる質問力と聴解力を生かす。
「訊く」で引き出し、「聴く」で心を汲み取る、「解」で内容を理解する。さらに「訊く」質問で正すことを加えていく。

こうすると話す的も見えるし、相手は「自分の気持ち、考えを解った上で話を進めてくれる」との安心感を抱き、こちらの話に聞き入る状況が整う。相手の言い分を心から聴き、理解不足点、主張の溝、困ると感じていること、不安、不満点は何かを汲み取り、その打開に対する話の切り口を見出すことだ。つかめなければ「訊ねる」ことにより相手から学ばせていただく。

◎第2段階「理解・納得を得る」<上手な説明・説得力を高める>

相手が聞くことによって起こる態度変容(依頼事項に対する拒否から協力への道筋)のステップは次の重ねである。 

① 依頼していることが解る……内容の理解
② なるほどそうだと思う………納得と心を汲みとり、対応して協力意識が湧く
③ 自分もそうだと思う…………自分にもプラスと共感する
④ よし検討してみよう ……… 自発的意思が起こる
 
第一歩は、理解を促すスキルは説明力。説明とは「解いて明らかにする」と書くが、内容や根拠、背景、方法を明確に説いて明らかにし「わかっていただく」話である。

この説明が下手だと「言いたいことがはっきりしない」「話の内容がつかみにくい」「なぜの理由がわからない」との批判が出て、興味、信用を失う。これでは納得、共感への道筋はできない。確認してみよう。

●理解を助長するわかりやすさの留意ポイントは、
① 共通の意味にとれる言葉を使う
② 確かめながら話し、理解不足と察したときにはさらに丁寧に掘り下げる
③ 相手との視点を共有化するよう、話題に工夫する
④ 具体的に話す(実例、引例、比較、統計などの活用)
⑤ 誤解しやすい点に特に配慮する
⑥ 言葉だけに頼らない(物の活用、場への案内、視聴覚に訴える)
⑦ 主要点の繰り返し、念押しを適宜施する
そして「質問の歓迎」である。

相手にはそれぞれ特性(理解レベル、立場、興味ポイントなど)がある。従って聞きたいこと、確かめたいことの機会がなくては伝わりの正確さは不充分。勝手に、わかってくれただろう、らしい、ようだとの都合のよいとらえ方や、ましてやわかったはずだ、べきだ、もんだとの上から目線は避けたい。

質問することはそれだけ興味を示し、前向きに関わって来た証である。興味がなければ聞き流し対応がせいぜいである。質問には感謝、大いに歓迎し、丁重に対応することだ。

◎第3段階 「条件を調整する」<積極的妥協点を見出す>

こちらの依頼事項を満点で相手が受け入れる事は現実には難儀なことは周知の通り。従って折り合いを付けるとは、積極的に妥協点(条件を調整しあう)を見出す歩み寄りを計る事に他ならない。
 
そのためには次の断りの心情を汲んだ対応も一策である。その心情とは、
① 提案への拒否的理解不足→そんなことは無理だ。できっこない、私には関係なし。
② 自分は不必要→自分が関わる必要はない。新たなことなどすることはない。
③ 嫌悪感(内容・人)→一寸あなたでは……、今忙しい。新たなことは好まない。
④ 一抹の不安→これは難しい、様子を見て考えたい、上がOKしないだろう、この点が気になる、自分に果たしてできるか、周りの目が気になる……。
⑤ 優柔不断→わかったけど、検討してみるが、考えさせてくれ……。
⑥ 経済性→予算がない、かかり過ぎ……。 
⑦ 前例踏襲→敢えて苦労を好まない、今まででも十分だ、上がいい顔しない、他との繋がりで十分事足りる……。
⑧ 時間的限界→時間がとれない、目一杯の日々だ、身体が心配、この事に時間を割く価値がない、他にやれる人がいるだろう……。
などが考えられる。

とすれば、
○正しい理解を得るための地密な説明の重ね、必要性を軽んじているなら、提案事項によるメリットを強調し、興味を促す。
○不安があれば実施に向けた方法を提示し、可能性を説く。迷いや、気にする関係者には一緒に同行し自ら矢面に立つなどの支援。
○経済性のメリットについては、即、半年、中期、長期にと多面的視点から提示する。
○そして変えることの必要性を社(行政)・部署(相手先)の方針、目標と関連づけて説く。そこから再考を願い、協力いただける範囲の条件を導き出す。
○勿論、こちらの依頼条件の練り直すことも必要だ。いざというときの代案の用意も時には生かす。
○依頼内容によっては、即、早期に折り合いが結実することもあり、辛抱強く粘ることもある。安易に「あなたがダメなら他の人に」と対象相手を変えることは、両者に対して失礼。慎むべきだ。「ぜひあなたに頼むと」その意味と覚悟があるはず。
 
誠実に、信念持って、熱心に説得することは、やがて相手の心を変えさせる強さとなり、歩みよりの言動を生み出す。時は熟す。ならば「こうしていただけませんかお願いします」とキッパリ言い切ることが良い。
案外この言葉を求めていることもある。それは「無理にお願いされちゃって……」と、言い訳できる逃げ道も欲しいこともあろう。

そうはいっても思い通りいかないのが現状。「それが良い」、うまくいかないことを素直に認めて、そこから「どうしたらできるか」、一策を講じる。変えた実践は効果を累積する。「新・初・独自」の事がすんなりできたのでは感動はない。周囲を見渡せばそのことは「潜んだ努力の賜の実り」であることに気が付く。

◆変えた事例は生涯の語れる足跡作り 

各自の変える努力の賜である進化の総力は、一歩先んじた企業の強さを創造する。

昨今、出講する企業で60周年、70周年、もうすぐ100周年の節目を迎える企業がある。共通しているのは「歴史と改革」だ。例えば70周年の和洋菓子メーカーS社。70周年記念誌発行に向けての座談会では、草創期(OB社員)・成長、発展期(先輩社員)、そしてここから未来を担う若手社員と三部に分けての実施。

掲載記事を拝読すると創業精神が脈々と受け継がれてきた凄さがわかる。若手社員の掲載テーマは「OLD&NEW」・我々の力で永遠のSを創ろう」である。思わず拍手。まさに歴史+改革だ。先日、時を得ての若手研修で取り上げ、「変える気概」を深めた。

「変える」その実現過程では折衝的コミュニケーション能力如何が問われる。ぜひ磨くことことだ。なぜか? 協働力は仕事のスピード・質を高めると説いてきた。企業、行政問わず各種団体・組織・会でも同様である。

H広域行政事務組合研修では受講者自身の後ほど語れる、語られる働きがいは、改革事例(変えた)を創ることであり、自身としての活躍の足跡である。こんな想いを共有しての研修であった。

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◇澤田良雄

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
  http://www.hope-s.com/
 


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