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「ノーベル賞と中国教育の実情」(高田 拓)

「高田拓の中国内部レポート」第5回
「ノーベル賞と中国教育の実情」

高田 拓(山東外国語職業学院終身名誉教授)

今年のノーベル賞、英国籍の日本人・石黒一雄氏が文学賞を受賞した。
毎年9月になると中国でも、ノーベル賞の授賞者予測サイトが話題に上る。中国でもノーベル賞は注目度が高く、ブログでは「日本人は何故ノーベル賞受賞者が多いのか?」といったものも多い。

昨年の時点で日本人のノーベル賞受賞者数は25人となった。「日本は今世紀だけでもう17人のノーベル賞受賞者を輩出した」と報道。

さらに、日本政府が2001年に掲げた科学技術基本計画のなかで、「国際的科学賞の受賞者を欧州主要国並に輩出(50年間にノーベル賞受賞者30人程度)」という目標を掲げ、「この目標はすでに半分以上、達成されたことになる」と伝えている。

日本の科学技術基本計画では、「知の創造と活用により世界に貢献できる国」「国際競争力があり持続的な発展ができる国」「安心・安全で質の高い生活のできる国」を目指すことを掲げている。

しかし、日本で最近起こっている問題点は、世界的に見て研究論文の発表が少なくなっていること、研究員や研究助士の待遇がとても悪いということが指摘されている。多くのノーベル受賞者が日本の先行きを憂慮している事態なのだ。

中華人民共和国国籍者のノーベル賞受賞者は3名
  2010年、平和賞:劉暁波氏
  2012年、文学賞:莫言氏
  2015年、生理学・医学賞:屠呦呦氏

劉暁波氏はご存知の通り、国家政権転覆扇動罪により服役中で授賞式に出席できず、南方都市報はこれに抗議し、記事とは全く関係のない写真「鶴(中国語の発音はhe)=賀(お祝い)と誰も座っていない椅子」の写真を掲載した。彼は受賞から死去まで一度も解放されなかった唯一の受賞者となった。

政府の報道規制もあって、大学生でも彼の受賞を知らない者は多い。
  中国のジョーク:ノーベル賞を受賞した一番目は誰:「莫言」(言うな)
            ノーベル賞を受賞した二番目は誰:「莫言」

中国教育の実情:憂慮される点

1、中国の大学教育で重視されているのが、教授の「私の言うとおりにやれ」、言うとおりにやらないと大学内での序列が上がらない。これでは教授のレベルを超越することは難しい。

2008年日本の南部陽一郎教授がノーベル物理学賞を受賞した時に、座右の銘を聞かれ、論語の一節を引用し“学而不思則罔,思而不学則殆”と答えた。  
   読み:学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし
   意味:せっかく学んでも、自分で考えてみないと知識は確かなものにならない
      他方、自分ひとりで考えるばかりで他者から学ぶことをしなければ、独善になって危険である。

部教授は学問・研究には、この「学」と「思(考える)」バランスが最も重要だと言ったのだ。
正にこの通り、中国の教育で不足しているものは「思(考える)」ということなのだ。

2、学生は自分の入りたい専攻部門を選べない
まず大学に合格したうえで、大学によって、各専攻に振り分けられる。多くの学生が自分のしたい分野と違う専攻で学ぶことになる。日本語学科の学生でも「もともとは英語を専攻したかったのに日本語に振り分けられてしまった」という学生も多い。
   
(参考1)高学歴化が急速に進展:
     2017年6月大学統一試験を受けた学生は940万人、
9月新学期を迎え、約700万人が大学に入学、そのうち約380万人が本科生(4年制大学)、約320万人は専科生(3年制大学)。統一試験を受けた約75%が何らかの大学に入学できている。
   

(参考2)中国の奨学金
国家奨学金:対象全国5万名
国家励志奨学金:学業優秀・品行方正・家庭経済困難者 在学生の3%
国家助学経:家庭経済困難者 在学生の20%

3、中高教育は詰め込み教育
学生の自我が芽生えるのは中学生時代、この時期、自分の興味のあるものに自発的、主体的に勉強することで能力は大いに伸びる。しかし実際は大学統一試験に向けた詰め込み暗記を強要する教育が行われている。これでは能力が伸びない。
    論語には“知之者不如好之者、好之者不如乐之者” 好きこそものの上手なれ
   一芸に長じた受験生の優遇処置などはない。
*90年代生まれの学生は中高校時代一クラス70名という超すし詰め教室、ベンチ型の椅子・机でぎゅうぎゅう詰めだった学生も多い。

4、幼児教育までも知識重視、宿題過多の詰め込み教育
    一人っ子政策の子供が多く、小皇帝、小公主と言われ、身の回りのことはすべて、両親、祖父母がやり、勉強以外の家事はやらせない。多くの子が両親・祖父母の期待を一身に背負い熾烈な競争社会に入っている。
孔子でさえ学に志したのは数え15歳の時なのに。「吾、十有五にして学に志し・・・」

日本で行われているような社会や他人に迷惑を掛けないといった良好な社会的習慣の習得や、自分のことは自分でするといった自立教育は少ない。
日本に留学して初めて包丁を自分で持ち調理をしたという学生もいる。

参考:小学校に入学した子を持つ上海の友人のメールを見て驚いた。
国語:毎日出される宿題のほかに、教師の指定した文章の朗読を録音して、教師のメールボックスに送る。毎週、作文の提出、毎月新聞の制作。・・・
英語:教師の指定した英文の朗読を録音、英語の歌を録音して、教師のメールボックスに送る
午后2:25に下校、2時間の算数の補習、
水曜日と日曜日は英語の塾、木曜日はダンスの塾、土曜日の午後は算数の塾
共働きの両親はとても対応できず家庭教師を雇った」とありました。

大連外国語大学の教え子は小学校教師の家に生まれた。
彼女の小学校時代、両親は学校の宿題を一切彼女にやらせず自由に遊ばせました。
宿題はすべて母親がやって提出しました。しかし読書の習慣だけは身に着けさせた。
彼女が中学に上がった当初、成績は学級で最下位から二番目、しかし次の学期でトップになりました。読書で培った幅広い知識、考える力が大いに役に立ったのです。

海外にいると見えてくる日本の馬鹿な政策:
*政治に求められているのは「公平」であって「平等」ではない

日本は大きな赤字を抱えているのに、そんな馬鹿な政策があるのか

1、バラまき政策の全面的な廃止を
今また、衆議院選挙を前に私立高校授業料の無償化に加え、大学授業料の無償化の動きがある。

政治に求められているのは「公平」であって「平等」ではない。そんな金があるのなら、実際に貧困ながら才能のある中高生、大学生、さらに大学の先端技術を研究している研究員や助手に支援策を打てばいいのである。また、国際人材の育成を考えて成績上位5%程度の学生を海外に一年程度留学させる海外留学助成金を創設したほうがグローバル人材育成に効果がある。

「才能と努力による公平な無償化」たとえ貧しくとも、将来に希望を見出すことができる政策が必要だ。一律平等は悪平等であって、不公平なのである。

2、子ども手当の本質
この子ども手当の本質は「今のお父さん、お母さんに小遣いを上げて、赤ちゃん、子供に借金を負わせている」点である。これは全く人気取りのバラ撒き政策であって、政治家は詐欺師とも言っていいのだ。今の政治家は将来について全く責任を感じていないのか? 衆愚政党、衆愚議会はもうたくさんだ。

今、現実の問題は子供を産んでも女性が働ける、安心して子供を預けられる保育所が必要なのである。母親が働いている時間はもとより、時間外や急な発熱・病気でも安心して預けられる保育所の整備・増設が急務なのである。保育所を増やす政策は女性雇用の増大にもつながる。政策として打ち出すべきは、例えば、働く人間が300人以上の事業所、商店街に保育所の設置を義務付け一般にも開放する助成策を打ち出せば良い。

3、バラマキは将来必ず国民に負の遺産を残す
政治家は今でもバラ撒けば票になると思っているのか? 全く馬鹿馬鹿しい、思い違いもいいところだ。赤字財政でのバラまきは将来必ず国民に負の遺産を残していく。国民はこうしたことを忘れないし、冷徹に見ている。

2009年、自民党・公明党政権末期、公明党の強い要請で麻生内閣は来るべき選挙を見据えて2兆円規模の「定額給付金」をバラ撒いた。この政策で何か経済効果が残ったか?何も残っていない。残ったのはバラ撒いたのにもかかわらず選挙での自民党、公明党の歴史的敗北と国の借金の増加だけだった。

この前年、2008年、原油価格は暴騰し1バレル147・27ドルまで上昇した、原油輸入国の日本は抜本的なエネルギー対策を迫られていたはずである。石油石炭は21世紀中に枯渇するか、枯渇しないまでも価格高騰していく。

日本はほぼエネルギーの全量を輸入に頼っている。もしこの2兆円が新エネルギー対策に使われ、政府の2兆円と民間企業の同額拠出政策に使われていたら4兆円となり確実に21世紀の技術財産として、人材財産として残ったはずだ。

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■高田 拓氏(曲阜師範大学、斉魯工業大学客員教授、山東外国語職業学院終身名誉教授)

1967年福島大学経済学部卒業、同年4月松下電器産業(株)入社。1997年松下電器(中国)有限公司に北方地区総代表として北京勤務、
2001年華東華中地区総代表として上海勤務。2002年松下電器産業(株)退社、同年、リロ・パナソニック エクセルインターナショナル(株)顧問
2009年中国各地の大学で教鞭、2012年山東省政府より外国人専門家に対する「斉魯友誼奨」受賞。
曲阜師範大学、斉魯工業大学の客員教授、山東外国語職業学院終身名誉教授。
現在、現場での実例を中心に各団体、大学、企業のセミナー講師を務める。