【特別リポート】
「渋谷のハローウインに出かけました。」
日比恆明氏(弁理士)
10月31日、渋谷駅周辺で行われた「ハローウイン」に出かけてきました。毎年恒例の行事となっていて、その馬鹿騒ぎはテレビなどで報道されていて周知のことです。近くの街の出来事なのですが、仮装した若者達が集まって深夜まで騒ぐお祭ということで今までは関心が有りませんでした。しかし、今年は何故か見ておこう、という気分になり、電車で3駅の渋谷まで出かけました。
写真1
そもそも「ハローウイン」とは、子供が魔女やお化けの仮装をして近所の家々を訪ねて廻り、「Trick or treat」( お菓子をくれないと悪戯するぞ) と唱えると、お菓子を貰うことができる、というアメリカで昔から続く伝統行事でした。仮装が、悪魔、コウモリ、カボチャ、ゾンビなどの欧米系の表現内容であることから、私はキリスト教に関連する宗教行事の一種である思い込んでいました。
しかし、これは大きな間違いであり、ハローウインは宗教行事でもなければキリスト教の祝祭でもなく、単なる民間の習慣のようです。ハローウインの起源は紀元前の古代ケルト人の秋の収穫祭であると言われ、キリスト教からすれば異教であり、相容れない行事なのです。このため、一部のキリスト教宗派ではハローウインの祭を禁止しています。実際、英語圏以外の東欧、中東、南米ではハローウインの祭は開催されていません。
そんな歴史的背景のあるハローウインがアメリカで根づいたのは、ケルト人の末裔であるアイルランドの移民によるもののようです。移民したアイルランド人は、彼らの共同体の中で細々とハローウインを続けてきました。そのような宗教行事が盛大な祭に変わっていったのはどうも商業戦略によるようです。19世紀の終わり頃、アメリカの製菓会社がお菓子を販売するキャンペーンに利用したことで、爆発的に広がったとのことでした。日本でも、チョコレート会社が「バレンタインの日」と称して、チョコレートの販売量を増やした戦略があったのと同じです。このため、アメリカでもハローウインに宗教色は無く、単なる娯楽行事になっているようです。
写真2
さて、日本でのハローウインは東京ディズニーランド、キディランド原宿店が発祥で、平成10年頃からではないかと言われています。この頃のハローウインは子供が主体であり、日中にパレードするものでした。しかし、ハローウインの祭が日本に導入されから時間が経過すると、参加者は高校生から25歳位までの年代に上昇しました。祭に参加する時間も夕刻から深夜となり、子供が参加するような状況ではなくなりました。アメリカでのハローウインは子供がお菓子を貰って遊ぶ習慣だったのですが、日本では若者が仮装して酒を飲んで騒ぎ回るいう行事に大変化してしまったのです。
この日の渋谷の路上には仮装した若者(馬鹿者かもしれない)で溢れていました。写真1は典型的な仮装で、悪魔やアルプスの少女に扮した人達です。写真2はアラビア風の衣裳を着た人達ですが、現地の女性はこんな衣裳をまとっていないはずです。黒い頭巾を頭からスッポリ被ったニブカなどの本格的なアラブ衣裳を着た人は見かけませんでした。ニブカでは地味で、不気味なためでしょう。写真3の左右はミニスカポリスの仮装で、昔からある衣裳です。真ん中の二人は「ねぎですか、なにか?」というコスチュームで、最近になって出現してきた仮装のようです。いずれの衣裳も、ドンキホーテなどで数千円で購入できます。手作りの衣裳で仮装してくる人も見かけますが、チラホラといった程度です。大半の仮装は出来合いのコスチュームであり、工夫が足りません。
写真3
写真4
写真4は女子高校生の参加者で、制服のままで顔だけ奇抜な化粧をしていました。女子高校生の大半はこのような恰好でした。この程度の変身であれば学校帰りでも参加でき、化粧を落とせばそのまま帰宅できるからでしょう。ただし、変身しているのは女子高校生だけであり、学生服を着た男子高校生は見かけられませんでした。学ランを着て顔だけ化粧をしたなら、不細工だからでしょう。
女子高校生達は青春の真っ盛りであり、いたる所で青春を楽しんでいました。しかし、これは渋谷駅前での青春であり、代々木駅前では全く違った青春があります。代々木駅前では来年の進学のために、学習塾に通う女子高校生がいるのです。将来の人生はどのようになるか、は判りきったことです。たった2つだけ離れた駅前では、全く逆の青春があるのです。
写真5
写真6
写真5はミニスカポリスの仮装をしたグループで、他人から写真を撮られていました。渋谷のハローウインでは、コスプレをした姿を第三者から撮影してもらうのか特徴です。どんなに無名であっても、仮装をして渋谷の道路を歩けば、誰でもこの日だけは主役になれるのです。奇抜なコスプレを見かけるのですが、実際には写真6のように比較的地味な仮装の女性も多いのです。少し派手目のワンピースにカチューシャを身に付けていました。この程度の仮装であれば、普段着にでも流用できるからかもしれません。
ハローウインで仮装した人達の特色は、「グループ」での参加ということです。数人で同じデザインのコスチュームをするのが一番多いのです。集団で同じコスプレすれば目立って楽しいという効果もありますが、仮装しても恥ずかしくないという群衆心理があるからでしょう。一人で仮装してくるのは男性のみです。女性での一人参加は滅多に見かけられませんでした。
写真7
今回は、写真7のような中華人民解放軍の制服を着た3人をみかけました。さては、中国の軍関係者が日本の状況を偵察に来たのか、と錯覚したのですが、これもコスプレでした。制服は陸海空軍の本物のようで、どこからか入手してきたようでした。3人とも中国人で、中国生まれの日本育ちであり、日本語はペラペラでした。なお、渋谷のハローウインでの仮装には特に規制はないのですが、警察官に模した仮装や露出の激しい仮装は排除されるようです。
写真8
写真9
写真8は午後7時の渋谷駅前広場の様子です。大変な人込みで、百メートルを歩くのに数分もかかりました。朝の通勤電車よりも混んでいるのでないかと思われます。混雑した通勤電車では皆様渋い顔をされてますが、ハローウインの混雑では皆様楽しそうな顔をされてました。報道によれば、この日の渋谷には百万人が集まった、としていますが、正確な集計がないためこの人数が正しいのかどうかの裏付けはありません。しかし、数十万人は集まったのではないでしょうか。写真9は午後6時30分頃に渋谷109から撮影した道玄坂です。群衆が一番集まる時間帯は午後8時といわれていますので、その時はこれよりももっと混雑していたでしょう。写真10はハチ公の脇であり、人が登れるような場所は野次馬で鈴なりでした。
写真10
さて、ハローウインでは仮装して参加する、というのが原則であり、テレビや報道では仮装した人達が登場しています。このため、渋谷駅前には仮装した人ばかりと思われるのですが、実際に渋谷の群衆の中で仮装した人は10人か20人に1人程度の割合でした。残った9割以上の人達は仮装した人を眺めるだけの野次馬なのです。また、野次馬には外人が多く見かけられました。人数の多い順は中国語圏、韓国語圏、英語圏のようで、野次馬全体の5~8%を占めると推測されます。外国のガイドブックに渋谷のハローウインが紹介されたからでしょう。
写真11
写真12
渋谷の繁華街には仮装した若者とそれを見物する野次馬でごった返していたのですが、商店での対応には温度差があるようです。写真11は居酒屋の前で客を呼び込んでいる店員です。店員も仮装して看板を掲げていました。居酒屋ばかりかどの飲食店も客引きを立て、今夜の売上げを伸ばそうと必死でした。飲食店では街に群衆が溢れてくるのは大歓迎なのですが、仮装した人を歓迎しない店舗もあるようです。写真12は仮装した人の入店を断っている店舗です。医薬品や衣料品を販売する店舗では、仮装した人達は営業の邪魔になるからです。
写真13
写真14
この日の渋谷駅前の交差点では、多数の警察官による交通規制が行われてました。写真13にあるように、DJポリスも出動していて、安全に交差点を渡るように指導していました。交差点の四隅には多数の警察官が配置され、赤信号で渡ろうとする人達を押し戻してました。この日に出動された警察官は数百人であるとのことですが、私服も同じ位の人数が配置されいるはずで、相当な人数が動員されたと推測されます。5日後にはトランプ大統領が来日するため、1万5千人の警察官を警備にあたらせる、と報じられています。これから警備に忙しくなる前に、このような騒ぎに多数の警察官を動員しなければならないのはさぞかし大変なことかと思われました。
さて、渋谷のハローウインは宗教行事でもなく、子供がお菓子を貰えるという本来の習慣でもなく、若者が仮装して騒ぐという不思議な行事となっています。アメリカから渡ってきた行事なのですが、日本風にアレンジされ、内容が全く異なったものになってしまったようです。どのような理由で若者がハローウインに集まってくるか、と考えると、大きくは2つの理由があると思われます。
1つ目の理由は、仮装すれば誰でも主人公になれることです。日頃は平凡な生活をしていても、数千円の衣裳で変身し、皆から注目を集めることができます。こう言っては失礼ですが、仮装している人達はそれ程恵まれた環境にあるとは思われません。企業のエリートや優秀な学生であれば、ハローウインのある夜でも仕事や勉学に励んでいるはずです。もしかしたら、仮装している若者達の多くは派遣社員かもしれません。日頃は社会の下積みなのですが、この日だけはハレの舞台で活躍できるからでしょう。
2つ目の理由は、この日だけは誰からも苦情を言われずに都会で馬鹿騒ぎできるからではないかと思われます。かっての田舎では秋祭りがあり、この日だけは天下御免で一晩中遊ぶことができました。現在、地方から首都圏に若者が集中していますが、首都圏には秋祭りが無く、彼ら彼女らが羽目を外して街頭で遊ぶことのできる日がありません。そこで、ハローウインが東京での秋祭りのような役割となったとも考えられます。
渋谷のハローウインでは、誰が主催者であるとも特定できず、どことからと無く仮装した人達が集まり、さらに、それの数倍以上の野次馬が集まるのです。群衆は渋谷の街を単にゾロゾロと歩くだけであり、寒くもなく暑くもない秋の夜の遊びなのです。見方によっては、金をかけない夜の散歩であり、健全と言えば健全な行事かもしれません。多分、これからも渋谷のハローウインは続くでしょう。ハローウインが続く限りは、日本は平和なのです。