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「米中貿易戦争と中国のアキレス腱」(前編)(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.2- (前編)

「米中貿易戦争と中国のアキレス腱」
~2015年型 中国危機の再現はない~

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

(1)貿易戦争、人民元急落、中国株と元下落との共振が悪夢を呼び起こす。確かにトランプ氏の挑戦が不確実性を高めている

トランプ政権が仕掛けた貿易摩擦、特に米中貿易戦争が市場を震撼させている。特にメインターゲットとされる中国は人民元の下落と株価下落の悪循環が始まった。

人民元は摩擦が始まった3月末以降6%と2015年以来の急落、上海総合指数も3月以降17%と突出した下げとなっている。「中国リスク」を引き金にしたグローバル投資家の投機売りは日米など先進国株式にも及び始めた。

7月6日の米中の追加関税の発動期限を控えて不安心理は強まっている。株式と通貨共振は2015年夏から16年初めの相場急落「チャイナ・ショック」を彷彿とさせ、その再来懸念が強まってきた。

米中貿易戦争が報復の応酬に結び付けば、世界経済が想像外のダメージをこうむる可能性も、完全には排除できず、市場が売り圧力に対して脆弱であるのは、当然である。

図表1:人民元相場と上海総合指数(2014年~)

図表2:人民元相場と上海総合指数(2018年~)

(2) だが今は危機深化の時ではない

しかし今回と2015年には決定的な相違があり、深刻な市場崩落や経済悪化は回避されるだろう。

第一に中国のファンダメンタルズが2015年とは異なり比較的堅調である。図表3~6に示すように、2015年の中国経済は深刻な調整場面にあった。不動産投資、鉄道貨物輸送量、粗鋼生産量、発電量などミクロ指標がすべてマイナスに転じるというリーマンショック時以上の経済悪化があったが、今回はいずれも堅調な増勢を続けている。

貿易摩擦の中国経済に対する影響は、関税引き上げによる競争力減退、貿易摩擦激化による不確実性の高まりと投資意欲減退など看過できないが当局の対応も素早い。中国当局がすかさず預金準備率を0.5%引き下げた(7月5日実施)のは、その危機意識の高まりのためである。

人民元安と株価下落、金融不良債権問題の連鎖が2015年型の不安心理を高めることを中国政府は望まず、摩擦の応酬の妥協点を探るのではないか。

図表3:中国の不動産開発投資推移

図表4:中国の鉄道貨物輸送量推移

図表5:中国の粗鋼生産推移

図表6:中国の発電量推移

第二に資本コントロールが効いており、中国の外貨準備高は2016年後半以降、2年近くにわたって3.1兆ドル前後と横ばい圏で推移している。

2015年は、SDRのバスケット対象通貨として認定してもらうために、外貨、国際貸借関連統計データの開示と資本規制の緩和を急いだ時期であった。困難な景況のもとで脆弱な外貨事情が露呈し、資本移動が自由になったために資本流出が一気に加速したのである。しかし、危機に対応した経済対策と厳格な資本コントロールの導入により、外貨不安と人民元安懸念は封印されている。危機管理の学習効果は十分に生かされているといえる。

人民元安を貿易摩擦の対抗策として活用しようとている、との憶測があるが、それはないだろう。通貨安は容易に危機勃発の引き金になりえること、また通貨安政策は米国の怒りを強め交渉上著しく不利になること、が明らかである。易中国人民銀行総裁は、通貨を貿易紛争の手段として使わないと言明している。

図表7:中国の外貨準備高と増減推移

図表8:中国の資本金融収支と経常収支推移

(3)トランプ政権のやり口はディール(威嚇とネゴ)、支持母体の不興を買うリセッション招来策(=グローバル・サプライチェーンの遮断)をやるわけない

トランプ政権の対中要求は過激である。米中覇権争いが根源の対立点であり、中国に過度に依存したグローバル・サプライチェーンの再構築が、米国の究極の狙いであろう。ハイテク覇権奪取計画である中国の「製造2025」計画を破棄すべし、ということまで米国は求めているが、それは中国にとっては飲めない要求である。

とはいえ常識的には、トランプ政権が性急にすべてを求め、米中通商関係を破壊するということに、なるとは考えにくい。今や中国はグローバル・サプライチェーンの中核に位置しており、中国と真っ向からぶつかれば、米国経済も深刻な打撃を受ける。

中国の裁判所が米半導体大手マイクロン・テクノロジーに対し、一部製品の生産・販売の差し止めを命じた。台湾の半導体メーカーUMCによる特許侵害訴訟に対して仮命令が出されたものだが、中国の対米摩擦報復という要素があることも否定できない。

ハイテク製品の最大の組み立て基地は中国であり、図表10に見るように米国半導体各社の最大の売り上げ先は中国である。例えば対中売上比率はクアルコムが最大で65%、マイクロン・テクノロジーは51%と過半を占めている。

この中国依存のサプライチェーンを改変することが究極には必要だとしても、それは米国企業のビジネスモデルの大転換を伴うことであり、長期にわたる作業を必要とする。短兵急の対応は米国にとっても自殺行為である。

そもそもトランプ氏の外交手法がディールであることは、これまでの経緯から明らかである。交渉相手をたてたり威嚇したりしつつ、妥協点を探るという手法は、対中でも対北朝鮮でも繰り返されてきた。北朝鮮問題での協力を得るためには、議会の反対を押し切ってZTEへの制裁緩和を実施したこと、悪罵を投げつけてきた金正恩に対する手のひらを返した高評価と米朝シンガポール会談での譲歩(CVID完全・検証可能・不可逆的な核廃棄なしでの体制保証)、等々。当初の過酷な要求は交渉を有利にするためのビーンボールであった、といえる。

図表9:米国の品目別対中貿易バランス

図表10:米国半導体メーカーの対中依存度

他方中国の選択肢も多くはない。1.景気対策・金融緩和で金融テンションを緩和する、2.資本コントロールで危機の伝播経路を遮断する、3.米国が容認するところまでの通商交渉譲歩する、以外にはない。

貿易制裁の応酬という不確実性が市場を不安定にしているが、それぞれの制裁、報復措置が出そろい不確実性が消えていけば市場は安心感を取り戻すのではないか。

(続く)
 
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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl