[ 特集カテゴリー ]

「鵺の中国」・「獅子女の日本」(後編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「鵺の中国」・「獅子女の日本」(後編)
 
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

(4) 超高齢社会を迎える両国

中国の「前門の虎」が借金だとするならば、「後門の狼」は超高齢社会である。

もっとも日本の方が、一足先に超高齢社会に突入すると言われている。日本は2035年に、国民の33.4%が65才以上の高齢者となる、つまり国民の3人に1人は高齢者になる。

中国は2050年には、60才以上が5億人になる。両国の、この超高齢社会の予測は確実である。けれども日本の場合は、死ぬまで働きたいと望んでいる高齢者が多く、やがて75才定年制や定年制廃止ということになるだろう。

中国の場合は、現状では、定年は男性が60才、女性が50~55才であり、この定年制の延長にはほとんどの高齢者が反対しており、変更される見込みは少ない。超高齢社会の最大の課題は、医療・介護費の激増による国家財政の破綻である。この視点から超高齢社会を捉えると、おそらく中国と日本は、その差が縮み、2030年前後に、ともに超高齢社会の壁に直面すると思われる。

日本の超高齢社会の主役は、団塊の世代である。この団塊の世代は、
「戦争に狩り出されなかった。餓えを経験しなかった。血を流すような社会革命も経験しなかった。真面目に働けば平均的な生活を過ごすことができた。格差のきわめて少なく、安全・安心な社会で生きることができた」
などの特徴を持つ。

団塊の世代は、「人類史上、最高の幸せを満喫した世代である」とも言える。したがって団塊の世代には、自らの生き様に満足し、そのような社会に感謝しており、「知足」の心境に至っている人が多い。その結果、「最期まで、できるだけ社会に貢献して生きていきたい、いつまでも働きたい」と考える高齢者が多くなっている。

また、できるだけ介護・医療費を節約したいとも考えている。それでも意に反して、認知症などを患い、自らの理性の及ぶ範囲を超えて長生きし、社会や家族に迷惑をかけてしまうこともある。高齢者はそれを恐れ、自らの超高齢社会の生き様を規定するため、新たな思想や死生観を生み出すことに懸命になっている。それが昨今の高齢者本や高齢者番組の増加になって現れているのである。 

かつて中国は、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という「万民平等」の共産主義のモラルで覆われており、そのときは高齢者も社会から冷遇されず、平穏な最期を迎えることができた。

しかし中国がそのモラルを捨てて久しい。それどころか、これからの高齢者は紅衛兵世代とそれに続く改革開放世代であり、その精神状態はきわめて複雑である。

あの文化大革命時代を生きてきた世代は、青春時代にその多くが心に傷を負っており、その怨念が彼らに穏やかな老後を過ごすことを許さないだろう。また紅衛兵世代は貧困に喘いだ時代の経験者であり、彼らは自らの青春時代に満足していない。

改革開放時代を生きてきた世代では、運良く、政府関連組織に身を置くか、外資などとの接触の機会に恵まれた者だけが、巨額な富を蓄えることに成功した。

今のところ、そのチャイニーズ・ドリームが社会を覆っているので、その理不尽さに怒る人民の蜂起という事態には至っていない。しかしその貧富の格差は天文学的であり、その結果、成金高齢者は悠然と老後を過ごすことが可能だが、大金を得る機会に恵まれなかった者は行き場を失うことになる。もちろん現在進行中の超巨大バブル経済が崩壊すれば、それらの構図も一変し、ともに貧困に喘ぐことになる。

中国では、それらの高齢者たちを救う社会保障制度が未整備であり、なによりもその数が5億人と膨大なため、中国政府も手の打ちようがない状態である。

このほど、中国の民政省、国家発展改革委員会、財政省など中央政府16部門が、「葬儀改革のさらなる推進と葬儀事業の発展促進に関する指導意見」という通達を出した。この通達は、納骨堂での供養、樹木葬、海での散骨などの自然葬を勧めており、中国の葬送方式の変更を狙ったものである。同時にこの通達は、来るべき超高齢社会をにらんでの中国政府の巧妙な搦め手戦術であるとも考えられる。

中国には、「高齢者権益保護法」(1966年制定)という妙な法律があり、そこで国家の社会福祉に対する義務よりも、家族の扶養義務を強く打ち出している。ことに第18条では、家族が高齢者を冷遇・無視することを禁止するとともに、別居している場合は頻繁に顔を合わせるように求めている。

中国社会では、この法律について、「親不孝者が多いので法律により規定すべきである」、「道徳問題を法律で規定すべきではない」など、賛否両論である。実際には少ないが、この法律に基づいて、親が子供を訴えて、勝訴した例も出てきている。

つまり、今、中国社会では、このような法律を作らなければならないほど、「一人っ子政策の結果の“小皇帝”の出現と親孝行のモラルの崩壊、法律で規定してまで、自らの老後を子供に面倒をみさせようとする高齢者のわがままと甘え」が、浸透してしまっているということである。

超高齢社会を乗り切る最善の策は、高齢者自らが新たな思想・死生観を確立し、自らの生き様を規定することである。

(了)

——————————————————————–
清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。