「ファーウェイ問題と米中貿易戦争、米国が圧倒的に優位に」
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
■米国、外堀を埋め持久戦に
米中貿易戦争が山場を迎え、米国の戦略全体像が明らかになってきた。米国の究極の狙いは中国の覇権奪取の野望をくじくこと。そのためには、
1. 最先端技術企業に躍り出たファーウェイの存在を抑えること、
2. 中国の不公正な台頭を可能にした仕組み(知的所有権侵害、技術移転の強要、外国企業に対する差別、企業への政府補助金等)を変えること、
3. 巨額な対中赤字(=ミルク補給)の停止、
の3つにより中国経済の活力をそぐことにある。
その手段が関税引き上げに関する展開、それとファーウェイに対する制裁の二つと整理できる。
ただ米国は世界リセッションも、中国経済の破局も望んでいない。外堀を埋めたうえで(上記 1.~3. )、持久戦に持ち込む構えであろう。
■ファーウェイの技術優位を許容しない
ファーウェイに対する制裁の激しさは驚きであったが、米国政府の決意が示されたといえる。世界最強の5G関連設備企業に飛躍したファーウェイを事実上締め出すという決意を固めたようだ。
ファーウェイは基地局の31%のシェアを持つ世界最大の基地局メーカー、スマホでも急躍進しアップルを抜き世界第二位になった。
昨年8月成立の国防権限法に基づき、米国は政府機関のファーウェイからの調達を禁止した。そして5月16日にはファーウェイに対する米国機企業の製品供給を禁止する措置を決定。パナソニック、アームなど米国政府の規制に従う企業が続出している。
ファーウェイは新型の製品開発が著しく困難になる。ファーウェイは米国から禁輸される半導体を自分で開発できるとしていた。実際ハイシリコンという強力な半導体設計会社を傘下に抱えている。だがアームからの技術がなければ、新規開発は無理。またグーグルが無料で提供しているスマホOSのアンドロイドは利用できるが、グーグルからのアプリ技術が使用できなければ、グローバルビジネスは不可能。
今後さらに米国がファーウェイを追い込む手段としては、銀行取引の停止、ドル使用禁止という究極の手段もある。これまでファーウェイにグローバル金融サービスを提供していた、HSBCとスタンダードチャータード銀行は、すでにサービスを停止し、今はシティグループのみがサービスを提供している、とWSJ紙は報じている(2018年12月21日)。中国側が対抗できる手段はごく限られており、ファーウェイは経営困難に陥るだろう。
この苛烈な米国の制裁に正当性はあるのか。本当にファーウェイは黒なのか。
イラン制裁違反を別とすれば、スパイチップの存在、バックドアからの情報窃盗などは十分な証拠がなく、言いがかりとの反論を完全には否定できない。
しかし、米国にはファーウェイ拒否を正当化できる(正当化せざるを得ない)二つの理由がある。
第一は2017年成立した中国の国家情報法により、政府が求めればスパイ行為をせざるを得ないという問題点である。そもそも中国企業にインターネットプラットフォームを委ねるわけにはいかないのである。
第二はこれまでのファーウェイの台頭が不公正通商慣行の塊であったこと。一旦決めた以上、米国によるファーウェイ排除は揺るがないだろう。
■ファーウェイのプレゼンス低下は日本企業のマイナスにはならない
ただトランプ大統領はファーウェイ制裁も通商協議の議題に加えられるとも発言しており、急転直下の合意に基づくファーウェイ制裁の一部解除もあり得るが、その場合ファーウェイは大きなビジネスモデルの修正を余儀なくされるだろう。
ファーウェイは日本企業から6000億円強の購買をしている、その直接の影響は避けがたいが、大きく心配することはない。ファーウェイの無線通信基地局やスマホのシェアが他メーカーに移り、そこで代替の需要が生まれるはずである。
■対中制裁関税は、米国経済成長を大きく損なわない
一方、関税問題でも米国側が圧倒的に優位にある。中国の不公正慣行を止めさせる手段が制裁関税である。したがって不公正さが是正されれば関税は撤廃、軽減される。この制裁関税の米国経済に対する影響は限定的、しかし中国へのダメージは大きいと結論付けできる。
まず米国に対する影響であるが、トランプ政権は対中輸入額2500億ドルに対する25%関税に続き、中国がフリーライド(知的所有権の保護、技術移転強要の禁止、企業補助金の撤廃、外資差別の撤廃)を止めないなら、最大では全輸入品目5400億ドルに25%関税を課すことを準備している。
それは米国の輸入業者の年間1350億ドルの負担増になり、全てが転嫁されれば米国年間消費の0.8%に相当する。それが2年にわたるとすれば年率0.4%の物価上昇要因となる。しかし多くは中国の輸出業者による輸出価格の引き下げ、人民元安、他国への生産移転などで吸収され、消費者への打撃はだいぶ軽減されるだろう。
他方で米国の関税収入は同額(1350億ドル)増加し、それはそのまま貿易摩擦被害救済の原資となり得る。米国からの対中輸出は1210億ドル(対GDP比0.6%)とわずかで、中国による報復的関税引き上げの米国経済への影響は限定的。貿易摩擦に対応する金融緩和も期待できる。
米中貿易戦争は米国にとって深刻な景気後退をもたらすほどのものではない。
■中国は25%関税→対米輸出急減には耐えられないだろう
これに対して中国の影響は甚大である。
トランプ氏が主張するように中国経済は25%関税に耐えられないのではないか。中国の対米輸出は20%と少ないが、中国の対米経常黒字は4011億ドル(米国GDP比2%)と巨額。中国の2018年経常黒字は491億ドル(貿易黒字は3952億ドル、内対中黒字は4193億ドル)なので、中国の外貨源泉はもっぱら米国輸出によって稼がれていると言ってよい。よって対米輸出の急減は直ちに中国に外貨不足を引き起こす。
図表1:中国経常収支推移
図表2:中国資本金融収支と経常収支推移
図表3:日本と中国の対外バランスシート比較(2018年)
■危険すぎる中国の二つの外貨プレー
中国は世界最大の外貨準備を誇っているが、実はそのほぼ半分を海外資本に頼っており、外貨事情は驚くほど脆弱である。それまで巨額であった対中資本流入は2015年以降激減しており、中国は潜在的外貨不安下にある。
その中国において、対米貿易黒字大幅減を許容する余地はない。関税引き上げが実体経済に影響を及ぼさないうちに、譲歩せざるを得ないだろう。対米貿易黒字急減→外貨準備の急低下・中国企業のドル調達不安、は中国が何としても避けねばならないアキレス腱であり、放置できるわけはない。
またドル調達に根源的リスクを抱える中国は、二つの外貨プレーは危険すぎて手を出せないだろう。
第一は米国の制裁への対抗としての米国国債の売却である。それは国内貯蓄潤沢で米国債投資需要が強く、長期金利が低下している米国に対してはほとんど響かない。他方で中国企業のドル資金調達などにマイナスの影響が出てくる可能性が高く危険すぎる。
第二は人民元の切り下げである。中国人民銀行が人民元安容認をちらつかせれば、投機家の人民元売り投機の火をつけかねない。
■中国はメンツを保ちつつ譲歩を余儀なくされよう
つまり、中国は米国の要求を受け入れ、不公正是正を制度的に定めたうえで米国に対して制裁関税の引き下げ、撤廃を求める、ということになる可能性が大きい。中国の巨額の対米貿易黒字はいずれ大きく減少せざるを得ないが、それが直ちに起きれば深刻な危機を招く。それを回避するためには、譲歩せざるを得ない、ということである。
中国政府がどう反応するか、市場の懸念は大きく高まっている。ファーウェイに対する制裁が出された段階で、レアメタルの供給抑制を示唆したり、反米キャンペーンを展開させたりしている。トランプと習近平は折り合えるのか、不透明感が増している。しかしトランプ氏はディールメーカーなので落としどころは考えているかもしれない。中国の景気見通しは米中双方の出方によって大きく変わってくる。
米国の狙いはフリーライドによる中国の台頭抑制であり、中国経済の崩壊ではない。中国の譲歩のあとには大きな景気の山が待っているのではないか。米中通商協議が合意されれば、需要の押上げ効果も起こり得る。貿易戦争による見通し難により、昨年末に中国での設備投資が一旦ストップしたが、懸念された米国・中国の最終需要減少の可能性はほぼなくなった。
となると、投資の一旦停止はこれからの供給力の鈍化をもたらすわけで、将来的には需給ひっ迫の可能性を高める。昨年クリスマスのボトム比40%上昇した米国半導体株価(SOX指数)が昨年最高値水準で高止まりしているのは、そうした可能性を織り込んでいるとも考えられる。米中の経済が浮揚感を強めれば、それに輸出している日本やドイツ、韓国などの景気も押し上げる。
図表4:SOX指数推移
■ほぼ最悪シナリオは織り込まれた
米国も中国も貿易戦争と覇権争いが激しくなればなるほど、自国の株価を引き上げ、それによって信用創造と需要拡大を行い、その結果として世界経済におけるプレゼンスをより高めるという方向に向かわざるを得ない。米中通商協議の合意を前提に、米国と中国の株価が1~4月に突出して大きく上昇した。その趨勢は一旦遮断されたものの合意の形成がなされれば、再度復活するのではないか。
このように米中貿易戦争がもたらす帰結は、最終的には世界経済の悪化や資産価格の下落ではなく、逆にむしろ株価と経済を押し上げることに結びつく可能性が高いだろう。
制裁関税とファーウェイ問題で米国の最大限の強硬対応は一旦出尽くしただろう。この二つの問題に関して最悪の展開もほぼ見え、世界の株式市場もそれを織り込んできた。となれば株式市場は、大底圏に到達したといえるのではないだろうか。