「中国の譲歩は不可避だろう、決着(6月頃か)までは市場不安定、その後好転へ」
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
■米中貿易戦争が山場を迎えた
トランプ政権は対中輸入額2500億ドルに対する25%関税に続き、中国がフリーライド(知的所有権の保護、技術移転強要の禁止、企業補助金の撤廃、外資差別の撤廃)を止めないなら、最大では全輸入品目5400億ドルに25%関税を課すことの準備を始めた。
それは輸入業者の1350億ドルの負担増になり、米国年間消費の0.8%に相当する。それが2年にわたるとすれば年率0.4%の物価上昇要因となる。
しかし多くは中国の輸出業者による輸出価格の引き下げ、人民元安、他国への生産移転などで吸収され、消費者への打撃はだいぶ軽減されよう。
他方、米国の関税収入は同額(1350億ドル)増加し、それはそのまま貿易摩擦被害救済の原資となり得る。また米国からの対中輸出は1210億ドル(対GDP比0.6%)とわずかで、中国による関税引き上げの米国経済への影響は限定的と見られる。
貿易摩擦に対応する金融緩和も期待できる。米中貿易戦争は米国にとって深刻な景気後退をもたらすほどのものではない。
図表1:米国の相手国別貿易収支推移
図表2:米国経常収支/GDP、対中経常収支/GDP
■中国は25%関税に耐えられない
他方、中国への影響は甚大。中国の対米輸出比率は20%と低く一見問題がないように見えるが、米国の対中国経常赤字は4011億ドル(米国GDP比2%)と巨額。中国の2018年経常黒字は491億ドル(貿易黒字は3952億ドル、内対米黒字は4193億ドル)なので、中国の外貨取得の源泉はもっぱら米国輸出によって稼がれていると言ってよい。
故に、対米輸出の急減は直ちに中国に外貨不足を引き起こす。対米貿易黒字激減を許容する余地は今の中国にはほとんどない、と言える。関税引き上げが実体経済に影響を及ぼさないうちに、譲歩せざるを得ないだろう。
対米貿易黒字急減→外貨準備の急低下・中国企業のドル調達不安という展開は中国が何としても避けねばならないアキレス腱であり、放置できるわけはない。
図表3:中国経常収支推移
図表4:中国貿易収支と輸出入(前年比)推移
■年後半の世界景気再浮揚の公算
但し、米国の狙いはフリーライドによる中国の台頭抑制であり、中国経済の崩壊ではない。中国の譲歩のあとには大きな景気の山が待っているのではないか。
米中通商協議が合意されれば、需要の押上げ効果も起こり得る。貿易戦争による見通し難により、昨年末に中国での設備投資が一旦ストップしたが、懸念された米国・中国の最終需要減少の可能性はほぼなくなった。となると、投資の一旦停止はこれからの供給力の鈍化をもたらすわけで、将来的には需給ひっ迫の可能性を高める。
昨年クリスマスのボトム比40%上昇という米国半導体株価(SOX指数)の急騰は、そうした可能性を織り込んでいるとも考えられる。米中の経済が浮揚感を強めれば、それに輸出している日本やドイツ、韓国などの景気も押し上げる。
図表5:世界貿易とコンテナ取扱高
図表6:米国耐久財受注、日本工作機械受注推移
図表7:SOX指数推移
■地政学的国益からの金融緩和要請
米国も中国も貿易戦争と覇権争いが激しくなればなるほど、自国の株価を引き上げ、それによって信用創造と需要拡大を行い、その結果として世界経済におけるプレゼンスをより高めるという方向に向かわざるを得ない。
米中通商協議の合意を前提として、米国と中国の株価が1~4月に突出して大きく上昇した。その趨勢は一旦遮断されたものの、合意の形成がなされれば再度復活するのではないか。
このように米中貿易戦争がもたらす帰結は、最終的には世界経済の悪化や資産価格の下落ではなく、逆にむしろ株価と経済を強く押し上げることに結びつくだろう。それはインフレが起こらないために全くコストなしに需要を押し上げることが可能だから、ということに尽きよう。
金融緩和による株高が購買力を高め景気を押し上げる、それは中国に関しても当てはまることである。
■大きくスイングするのは日本株式
あたかも株価をターゲットとして金融政策を営んでいるかのような米中に対して、日本では消費税の増税路線が進められるなど政策的に手詰まりで、それがグローバルな投資家の対日投資の足かせとなっている。
しかし世界経済が本当に上昇していくとすれば、やはり一番大きなスイングは日本で起きるのではないか。なぜなら日本は世界の中で最も振幅の大きい資本財や生産財に特化しているからで、その分だけ落ち込みも大きくなると同時に上昇も大きくなる。
今のところ出遅れている日本株式は、世界生産の回復が見えてくれば大きくスイングするのではないか。世界株高と日本における令和時代の心機一転が重なり、日本株式の壮大な上昇相場が始まりつつある、のではないか。