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「米中貿易戦争の副産物」(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「米中貿易戦争の副産物」

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

現在、米中間で起きているのは、熱戦ではないが、貿易戦争という名の冷戦である。この冷戦が当事者たちの企図とは関係なく、予期せぬ副産物を生むことになるかもしれない。

1.過剰生産恐慌の一時的回避

米中貿易戦争は、当面している国際的な過剰生産恐慌を一時的に回避させるという副産物を生むことになるだろう。なぜならば、米中貿易戦争は中国内でも国際社会でも、生産キャパの大幅減少という現象を、自動的かつ一時的に生み出すからである。

① 中国内の生産キャパの減少

すでに中国内では、労働集約型産業を中心にして、外資だけでなく内資も、工場規模を縮小させ、中国外に生産拠点を移動させている。もっとも十年以上前から、人件費の大幅アップや労働争議の多発を嫌って、外資を中心とした企業が中国外へ転出していた。今回の米中貿易戦争は、それを決定的な流れにしたと言えよう。最後まで、中国内に留まっていた企業も、遅まきながら、いっせいに転出を迫られているのだ。

中国政府にとっても、長年の課題である国有企業のリストラを、「米中貿易戦争に勝ち抜く」という大義名分で、大胆に行うことができる。これは、いわば外圧利用の構造改革である。ファーウェイやZTEなどのようなIT産業も、この機に大幅なリストラを行うと発表している。これらの下請け工場も同様であり、すでにリストラを開始している。

鴻海などは逃げ足が早く、すでに台湾への回帰や米国への移転を実行に移している。その結果、中国内の生産キャパは縮小するし、過剰生産問題が大きく解決する。もちろん、中国内には失業者問題が浮上するだろうが、中国政府は、中国人民に「臥薪嘗胆」を訴え、それを乗り切る算段である(後述)。

② 世界規模での生産キャパの減少

「中国から他の国に工場が移転するだけだから、世界全体の生産キャパは減少しない」という見方もある。しかし、冷静に考えてみれば、意外に、中国の生産キャパ分の代替地が少ないことがわかる。

人口だけみても、ASEANは中国の約1/2である。「大国インドやバングラデシュがあるではないか」という声も聞こえるが、印僑の難しさは華僑の比ではなく、そこでビジネスを成功させることはかなり難しい。当面、インドやバングラデシュに、中国の代替工場が林立することは想定できない。

しかも、これらの国々の生産性は、中国の半分程度と見た方がよい。国民性や教育水準など、とても中国の比ではなく、また中国のような有利な生産環境もない。だから、中国同等の品質や生産性を達成することは至難の業である。

つまり、生産キャパは、人口比で1/2、さらに生産性で1/2、つまり自動的に1/4に縮小すると考えた方がよい。これは、これらの国々で、すでに10年以上、工場を稼働させてきた企業の共通見解である。

さらに東南・南西アジアに進出した工場は、すぐには立ち上がらず、中国同等の品質を作り出し、半分の生産性に辿り着くまでに、おそらく5年間はかかる。したがって、世界規模の生産キャパは、一時的にもかなり縮小する。

それはとりもなおさず、資本主義社会を過剰生産恐慌から回避させ、延命させることにつながる。
つまり貿易戦争という冷戦が、熱戦と同じ効果をもたらす。

2.バブル経済からのソフトランディングの可能性

中国がバブル経済に巻き込まれてから、すでに長期間が過ぎている。ところが、それは、なかなか崩壊しない。この事象を前に、識者の間でも、新たな経済学説の必要性を説く者もいる。

一般に、先進資本主義社会では、バブル経済のソフトランディングは困難であると考えられているが、この分だと、中国では、その常識が覆されるかもしれない。ことに米中貿易戦争という外圧を利用して、中国政府はそれを実現し、新たな学説を創出するかもしれない。

2015~16年、中国の外貨準備高が激減した。4兆ドルほどあった外貨準備は、一気に3兆ドル近辺にまで、25%ほど減った。驚いた中国政府は、ただちに厳しい外貨持ち出し規制を行い、なりふりかまわず外貨防衛に入った。それでようやく外貨の流出はひとまず止まった。

おそらく中国政府が、この強硬策を打ち出さなければ、外資だけでなく、中国人民も手持ちの不動産を売り出し、外貨を手にしてさっさと逃げ出していただろう。その結果、バブル経済が音を立てて崩れていたかもしれない。しかし中国政府の断固たる規制によって、それは未然に防がれた。それは開発独裁型大国とも言える中国政府が、剛腕を振るった結果でもあった。

それ以来、マンション価格は若干の下落はあるものの高値で安定している。中国人民は、まだまだ不動産投機に夢を託しているようである。それでも李嘉誠氏が率いる香港最大の財閥:長江実業は、すでに中国内の不動産をすべて売り払ったという。また最近、国有企業の不動産売却が進められているという。

もちろん中国政府は、これ以上の不動産価格の高騰は、人民の怨嗟の的になるので、望んではいないし、また同時に、大暴落は共産党政権崩壊という最悪のシナリオに直結するので、避けねばならないと考えている。残された道は、ソフトランディングのみである。

元来、バブル経済というものは、「誕生して崩壊する」という過程で、金融資本が大儲けし、それによって資本主義が延命するという仕組みになっている。したがって、資本主義社会の維持のためには、バブル転がしが必要だとも言える。

今まで、中国政府は、国有財産の土地を売り出し、それを打ち出の小槌にし、バブル経済を演出することによって、労せずして、短期間で経済大国にのし上がり、資本主義社会に仲間入りした。しかし今では、その打ち出の小槌を振っても、何も出なくなってしまった。経済発展の原動力が枯渇してしまったのである。

今、中国政府は米中貿易戦争という外圧を利用して、「不動産の高騰と大暴落という両極を避けつつ、同時にバブル転がしをも達成するという高等作戦」を実施するチャンスを迎えている。「外圧を利用して、バブル経済を一度ソフトランディングさせ、再び、燃え上がらせる」という作戦である。

たとえば、「米中貿易戦争の経済的損失をカバーするためという名目で、固定資産税などの導入を行い、不動産価格を抑え込み、中国人民の購買意欲を持続、満足させる。同時に外資などが投機目的で所有している物件からは高い税金を取り立て、それを手放させ、じょじょに不動産価格をソフトランディングさせる」という作戦はいかがなものか。

中国政府ならば、外圧利用のソフトランディングと次なるバブルの創出という作戦が可能であろうし、またそのための絶妙のアイディアを生み出すにちがいない。また米中貿易戦争の結果、米国にある中国人の財産が凍結されるようなことがあれば、中国政府は、待ってましたとばかりに、その剛腕を振るうだろう。

3.中国共産党の長期政権化

中国の習近平指導部は、米国との貿易戦争を巡り、国内に持久戦への備えを呼び掛けている。習近平主席は、5月22日、かつて中国共産党が長征を開始した江西省の長征記念公園で、「いま再び新たな長い道のり(を進む戦い)が始まった」と語った。つまり、習近平主席は、米中貿易戦争を長征になぞらえ、持久戦への備えを中国人民に求めたと考えられる。習近平主席は、中国人民に「臥薪嘗胆」を求めたのである。おそらく中国人民は、「アメリカ憎し」の愛国心で固まり、この呼びかけに応えるだろう。

中国経済は背伸びし過ぎており、調整する必要があった。しかし、いったん贅沢の味や大国意識が定着してしまった人民を覚醒することは、通常の手段では無理であり、そのために中国政府は大義名分を必要としていた。

そのような時期に、米中貿易戦争が勃発したのである。米中貿易戦争は、中国共産党政権に、人民を覚醒させるための絶好の武器を与えたといえよう。中国政府が、「共産党政権の政策は正しいが、トランプ政権がそれを阻んでいる。ここは一歩下がって、臥薪嘗胆して、再び戦おう」と呼びかけることを可能にしたのである。

つまり、「かつて中国人民は、中国共産党と毛沢東の指導の下、長征に耐え、日本軍や国民党軍に勝ち、中華人民共和国を樹立した。今、再び、中国人民は、中国共産党と習近平主席の指導の下、新たな長征に耐え、米中貿易戦争に勝ち、真なる経済大国に成長することを目指そう」と。米中貿易戦争は、中国人民に臥薪嘗胆を迫る絶好の大義名分を、中国共産党政権に提供したのである。

かつて日本軍や国民党軍という外圧を利用し、長征という戦略で乗り切った中国共産党は、それに見習い、今、米中貿易戦争という外圧を利用し、さらなる中国共産党政権の延命、長期政権化を図ろうとしている。ここに、いわば、米中貿易戦争の副産物として、外圧利用の中国共産党政権延命の可能性が出てきたのである。

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。