小島正憲氏のアジア論考
「二つの時効」:「韓国」と「中国」(後編)
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)
■中国の時効
一般に、「中国には時効がない」と理解されているが、法律上では、下記(※ 資料)のように時効が規定されている。
現在、中国政府は、前門の虎(米中貿易戦争)と後門の狼(香港情勢)に脅かされ、苦境に立たされている。中国政府は、この苦境から逃れる手段の一つとして、海外からの資金を大量に流入させようとして、やっきになっている。
しかしその努力も虚しく、海外からの投資は先細りになってきている。たとえば、2013年に鳴り物入りで始められた上海自由貿易試験区も、今では企業の撤退で抜け殻状態になり、閑古鳥が鳴いているという。
この惨状をもたらした原因を、識者は、米中貿易戦争や中国経済の低迷ではなく、「中国当局による資本規制の強化である」としている。つまり、識者は、自由貿易試験区の目玉政策が、「区内と海外のモノやカネの流れを自由化する」ことだったにもかかわらず、2017年からの資本規制によって、「海外へのカネの持ち出し」がきわめて不便になってしまったことが、衰退の主因であると分析している。
1990年代初め、外国企業の中国への投資を阻んでいた大きな障壁は、「儲けたカネを持ち出せない」ということだった。たしかに、当時は持ち出せなかったので、それが理由で進出を諦める企業が多かった。
しかし、1995年ごろから、持ち出しが許可されるようになり、外資が先を争い雪崩を打って中国に進出するようになった。中国はそれらの資金を利用して、瞬く間に、世界第2位の経済大国になり、外貨準備高は4兆ドルを超えた。それを背景に、中国政府が人民元の国際化などを狙い、資本の自由化を進めたので、「海外へのカネの持ち出し」になんの不都合もなくなった。
ところが、2016年、中国からいっせいに、「カネが持ち出され」、外貨準備高が3兆ドルを割りそうになった。驚いた中国政府は、2017年初頭から、資本規制を復活させ、「カネの持ち出しを制限」した。中国政府は、この面では、20年前の、「儲けたカネを持ち出させない」政策に逆戻りしてしまったのである。
しかしその方法は、きわめて巧妙なので、いまだに、「儲けたカネは持ち出せる」という幻想に浸っている外資が多く、それを信じて中国へ進出してくる企業も少なからずある。それでも前述の上海自由貿易試験区のような実態が、世間に知れ渡るにつれ、外資の流入はやがてなくなるだろう。
識者の中には、「儲けたカネは持ち出せる」という意見もある。たしかに表向き、法律上は禁止されていない。しかし実際にそれを実行しようとすると、まず銀行の事務的手続きがきわめて煩雑であり、しかも銀行の職員がサービス精神に欠け、なおかつ事後の責任追及を恐れ、「事なかれ主義」に染まってしまっており、許認可が幾重・幾層にもわたり、時間が相当かかる。
しかも、「儲けたカネを送金しようとする」と、税務署の書類の提出を求められる。これが大きなネックとなり、「儲けたカネは送金できない」ことになる。法律上は時効があるのだが、上記に赤字で書いておいたように、疑義が生じた場合は、追徴は無期限、実質的に時効なしとなり、利益がゼロになってしまうからである。そのカラクリは以下のようなものである。
1990年代初頭の中国では、法律も未整備であったし、税務面でも地方政府の権限内で処理できる事項が多かった。したがって当時の地方政府から認可を受けていた事項でも、現時点から判断されると、違法性の強いものもあった。つまり疑義を生じさせるような事項も多かったのである。
30年前の地方政府の当事者には、すでに亡くなっている人もいる。また汚職で失脚した人もいて、当時の事情について、外資側に立って釈明してくれる人はいない。資料なども、廃棄してしまっている場合が多く、過去の正統性を証明することはできない。
しかも資料の保管については時効がなく、無制限に保存されなければならないことになっている。資料がなければ、疑義ありと判断されるし、最悪の場合は推計課税となる。かくして利益はすべて召し上げられゼロとなり、結局、「儲けたカネは持ち出せない」ことになる。
結果として、外資は、「儲けたカネの持ち出し」ができないので、それを諦めて、外資は中国内での運用に励むことになる。だがしかし、米中貿易戦争が激化し、米国が「中国人の米国内資産凍結」などという事態になると、中国政府も対抗して、「中国内の米国人・米国企業の資産凍結」という政策を打ち出すかもしれない。それでなくても、人民元や不動産の暴落で、大きな痛手を被ることになる。
だから、あらゆる手段を使って資金を持ち出しておくことが重要であるし、中国内の利益や資産は、自国内で計上しないことが大事である。また上場会社などで、中国内での利益や資産を計上して株価を維持しているところについては、監査会社はそれをゼロとして情報公開することが株主保護のため必要なことである。
(※ 資料)
1、 刑事事件の時効
・「刑法」第87条により、追訴時効期限は下記になる:
(1)法定最高刑が5年未満の有期懲役である場合には、追訴時効は5年とする。
(2)法定最高刑が5年以上10年未満の有期懲役である場合には、追訴時効は10年とする。
(3)法定最高刑が10年以上の有期懲役である場合には、追訴時効は15年とする。
(4)法定最高刑が無期懲役又は死刑である場合には、追訴時効は20年とする。20年間経過し追訴すべきであると認める場合には、最高人民検察院に申請し審査承認を受けなければならない。
・「刑法」第88条により、人民検察院、公安機関、国家安全機関が立案偵察後、或いは人民法院が事件を受理後、偵察或いは審判より逃げられた場合、追訴期限の制限には適用しない。
・「刑法」第89条により、追訴期限は罪を犯した日より起算される;犯罪行為は連続或いは継続状態に当たる場合、犯罪行為終了の日より起算される。追訴時効内に新たに罪を犯した場合、前の罪の追訴時効は新たに罪を犯した日より起算される。
2、 労働債務の時効
・「労働争議調解仲裁法」第27条により、労働争議の仲裁申立の時効期間は1年とする。
・仲裁時効期間は、当事者がその権利が侵害されていることを知り、又は知り得るべき日から起算される。
・労働雇用期間存続中、労働報酬の支払延滞により争議が発生した場合、労働者が申請する仲裁について仲裁時効期間の制限には適用しない。
3、 経済事象の時効
・「民法総則」の188条により、人民法院に対し、民事権利の保護を請求する訴訟時効の期間は別段の定めがある場合を除く、3年とする。
・訴訟時効の期間は、権利の侵害を知り、又は知りえた時から起算する。但し、権利が侵害された日から20年を超えた場合には、人民法院はこれを保護しない。
・特別な事情がある場合には、権利人の申立により、人民法院は訴訟時効の期間を延長することができる。
4、 税務調査の時効
・「中国税収徴収管理法」の第52条により、
・税務機関の責任で、納税義務者が税金を未払い、或いは少なく支払った場合、税務機関が、3年以内に、滞納金なしで追徴できる。
・納税者の計算過失により、税金を未払い、或いは少なく支払った場合、税務機関が、3年以内に税金及び滞納金を追徴でき、かつ、特別な事情がある場合には、追徴期間は5年とする。
・故意に脱税した場合には、追徴期間は無期限となる。
5、 会社の清算などの場合、資料の保全は何年必要か?
・「外資企業書類管理暫定規定」の13条により、中外企業は、解散したあと、中方は、中外企業の書類を保管する。外資企業は、解散した後、企業書類を政府の書類保管機関に渡す。
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小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。