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「営業自粛要請下の“思い出横丁”」(日比 恆明)

【特別リポート】
「営業自粛要請下の“思い出横丁”」

日比 恆明氏(弁理士)

極めてローカルな話題で申し訳ありませんが、「新宿西口商店街」をご存じでしょうか。都内に在住されている方はご存じと思いますが、新宿駅の西口北側にある木造の飲み屋街のことです。

公には「思い出横丁」と呼ばれ、間口が1間、奥行きが3間程度の小さな飲み屋が長屋のように並んでいることで有名です。店先で焼き鳥を焼く店が多いため「焼き鳥横丁」とも呼ばれています。また、通路の両側に間口の狭い店舗が並んでいるため「ハーモニカ横丁」とも呼ばれています。しかし、一般には「ションベン横丁」と呼ばれることが多いようで、この通称の方が都民にとっては判りやすいでしょう。

                  
                    写真1

この商店街に「ションベン横丁」という俗称が付けられたのは、酔客があたり構わず小便をするために付けられたという説があります。しかし、この俗称ではあまりにもイメージが悪いというので、商店街組合では「思い出横丁」という名称を前面に出しています。マスコミなどには「ションベン横丁」という俗称を使わないように強力に要請しているようです。昭和の雰囲気のある飲み屋街であることから、「思い出横丁」を使いたいと考えたようですが、酔客からすれば従来からの俗称の方に馴染みがあるようです。
 
この飲み屋街については、外人旅行者向けのガイドブックに掲載されているようで、飲み客には外人の姿も多く見かけられます。こんな風変わりな飲み屋街は世界的にもも珍しいでしょう。このため、飲み屋によっては、ワインやウイスキーを用意し、英文のメニューを備えているところもあります。

                  
                 写真2

戦争により都内の建物の多くが焼失しため、戦後は主要駅の回りには闇市が建ち並びました。しかし、社会が安定してくると、多くの闇市は区画整理により消えていきました。有楽町駅前にあった「寿司屋横丁」、池袋駅前にあった「百軒長屋」、渋谷にあった「恋文横丁」などは次々と消えていきました。現在、主要駅の近くに存在する闇市の名残のような飲食街は、渋谷駅近くにある「のんべい横丁」だけと思われます。しかし、飲食店軒数などを考えると「ションベン横丁」が圧倒的な規模となっています。
 
写真2は「ションベン横丁」の全景です。これだけ広大な敷地が平屋に近い建物で占められているのは、都市空間の利用では効率が悪いものです。なぜ再開発されないか、についてはネットで検索すればお判りになると思います。

                 写真3

新型コロナ・ウイルスの感染が拡大したため、東京都では1月8日に自粛要請を発令しました。自粛とは、飲食店の営業を午後8時までとし、酒類の提供は午後7時までという規制です。この規制は単に「要請」であり、「強制」ではありません。このため、営業を自粛した飲食店には1日6万円の支援金を支払うことになりました。しかし、飲食店によっては要請を無視して、深夜まで営業を続けている店舗も見かけられます。また、そのような店舗には酔客が集まり、満員御礼という状態となっているのが実情です。
 
さて、今回「ションベン横丁」の飲食店を見学に出掛けたのは、どの程度までこの飲食店街の店舗が自粛しているかというのを確かめるためでした。元々、闇市から始まった飲食店街であり、薄黒くて胡散臭い雰囲気がありました。もしかすると、全飲食店が自粛を無視して商売に精を出しているのではない、と想定していました。
 
調査は1月30日に出掛けました。写真3はその日の飲み屋街の中央を貫く通路を撮影したもので、数店の昼飲みをさせる飲み屋以外は全て休業していました。


                 写真4

                  
                 写真5

多くの飲み屋のシャッターには休業の貼り紙が貼られていました。午後8時までの時短営業ではなく、終日休業するものです。要請期間の最終日の2月7日まで完全休業していました。「ションベン横丁」にある飲食店は全部で70店舗であり、休業宣言していた飲食店は34店舗であり、ほぼ半分は1か月間の休業をしていることになります。

本日(2月2日)、政府は緊急事態を延長し、自粛要請期間を更に1か月延長することになり、3月7日まで継続することになりました。多分、ここの飲食店街の休業宣言した店舗では、休業期間を延長し、3月まで休業するでしょう。
 
休業していた34店舗を除いた35店舗(1店舗は改装中で営業できない)は夕方から営業を開始していましたが、それらの店舗も午後8時になると一斉に閉店していました。午後8時以後に観察に出掛けてみると、シャッターが閉まり、ネオンも消灯されていました。全店舗が見事に要請に従っていました。


                 写真6


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店舗の案内の看板に休業している店舗を赤丸でマークしてみました。ほぼ半数の店舗がお休みしていることが理解できるかと思います。なお、昼間から営業している店舗は、ラーメン店、うどん店、牛丼店などの食事がメインで、酒類は出していない店舗でした。このため、赤丸が外れている飲食店であっても飲み屋ではないため、営業をしている飲み屋はさらに少なくなります。
 
さて、見かけは胡散臭い「ションベン横丁」なのですが、コロナ感染防止のための自粛は要請には一丸となって受け入れているようです。怪しげな雰囲気に比べて、意外にも紳士的なことに驚かされました。

同じ飲み屋街である歌舞伎町にある「ゴールデン街」は様子が違ってました。「ゴールデン街」にあるバー、スナックでは店頭のネオンを消し、ドアーを閉めて通りからは見えないようにして深夜も営業を続けていました。「ゴールデン街」にある全ての飲み屋がそうである、とは言いませんが、自粛要請を破っている店舗が目立っていました。なぜ「ションベン横丁」にある飲み屋が毅然と自粛しているか、を考察してみると、その理由は次のようになるのではないでしょうか。

(1) 目立つ場所に立地している。
「ションベン横丁」は新宿駅のすぐそばにあり、一般の通行人からも営業している状況が判ってしまいます。すると、コロナ騒動が終わってから社会から反発を受ける公算が高くなります。そもそも、「ションベン横丁」にある飲食店の入口は開放されていて、通路からは内部が一目瞭然で隠すことができない構造なのです。しかし、「ゴールデン街」は新宿駅からは遠く離れていて、歌舞伎町の端にあります。この場所であれば通行人も少なく、それほど問題にされない、と判断されたのではないかと思われます。

(2) 業態が違う。
「ションベン横丁」で営業している飲食店は、焼き鳥屋、もつ煮込屋などの一般大衆向けの飲み屋なのです。すると、一見の客や見知らぬ客が多く、来客の把握は不可能と思われます。「ゴールデン街」の殆どはバー、スナックなどの料理よりも酒の提供が主体で、顧客の多くは馴染み客ばかりで後日の追跡かある程度可能です。このため、「安心」して深夜営業しているのかもしれません。
 
(3) 非難を浴びやすいから。
元々は闇市から始まった「ションベン横丁」であるため、社会からは軽く見られる傾向にあります。万一、深夜営業をしていて、どこかの店舗でクラスターが発生したとなると、「それ見たことか」と批判の対象になり勝ちです。このため、商店街組合では無益な非難を浴びることを避けるため、全員が一致して自粛に協力したのではなかろうか、と推測されます。

                  
                 写真8

写真8は表通りに面した店舗で、昨年8月に撤退した後はまだ入居者が決まりません。以前は煙草のアンテナショップだった所です。表通りは一日数十万人が通行する絶好の場所なのですが、先の景気が読めない状況ではおいそれと契約する企業は現れてこないようです。