[ 特集カテゴリー ] ,

「引きこもり20年から『自分の人生』への転換」(引地達也)

特別寄稿:「ジャーナリスティックなやさしい未来」
「引きこもり20年から『自分の人生』への転換」

引地達也氏(みんなの大学校 学長)

今年1月、文部科学省との共催で行った共生社会コンファレンスでの分科会「当事者の言葉からデザインする新しい学び―『学ぶ』を体感する学生シンポジウム」は精神障がいや発達障がい、知的障がいなど、それぞれ社会とのかかわりの中で、支援が必要な方ではあるが、それは誰もが一緒に学び合うことで楽しい人生が描けるということを表現できた機会であった。

その中で、みんなの大学校から登壇した水越真哉さんは、自分と同じ境遇の方にも希望を伝えたい、と決意し自分が変わった「学ぶこと」について、自身の想いを赤裸々に語ってくれた。ここから「学び」の可能性を考えてほしいと思う。
 
水越さんは20年以上の引きこもり生活の後、40代からみんなの大学校の基礎課程の学生となり、今年度で基礎課程修了した。今回の分科会では、学びに来る前の自分の心の状態を「障がい者」に押し込めようとしていた、と告白する。

「私は一時期、障がい者としてただ、細々と生きて行こうと思っていました。落胆して、ある意味では決意さえしていた時期もあります。障がい者として、型に押し込められる、自分自身でもはめ込んでいく感覚に襲われていたのです。それが、学ぶことにより、自分の人生を生きようと思えるようになりました。学びから、ものごとを見る視点が客観的、多角的になり、新しい生き方が見えて来たのです。それは、将来に対する開けた視界であり、この世界を生きていきたいと思える感情なのです」。

水越さんが開いた学びの扉は自分の人生につながったという感想は、私にとっては頼もしく、希望の言葉である。
 
その学びについて水越さんのこう述べている。

「わがままに夢を追う自由という学びではなく、現実を見据えるための、生きていくための学びとしてなのです。学ぶほど現実は厳しく時に残酷であることを気づかされますが、それらを乗り越える力、希望もまた、学びから得られるのだと考えています。私のこれからの一歩として、社会にどう受け入れてもらうかという課題があります。これまで私は、自身に足りないことを知識で克服しようと背伸びをしてきました。もちろん、知識から得られるものは大きいです。しかし、経験をつみ重ねたものには及ばないと思います」。

もちろん学びは座学だけではないし、多くの人と交わることも大事なポイント。集合して体験するスクーリングが出来ない状況下でも、ウエブ上で出来ることも工夫しながら、その体験は広がっている。水越さんは基礎課程を終えた後は、その後2年が予定されている専門課程に進学する予定だ。
 
「大学校の残りの時間、これまでの知識を体系的に学問として学ぶことで、表面よりももう少し深いところまでの気づきに変え、社会に入っていくときの緩和剤としたいと思います。そして、経験のない私が少しでも周りに溶け込むには、何を経験すればよいか、注目していけばよいかの足掛かりとできればよいと願っています」。
 
この発言は聞いている人の胸を打ち、2021年度の文部科学省の障害者の生涯学習推進に向けたメッセージとしても使われる予定だ。これをきっかけに私自身も障がい者だけではなく、引きこもりの方々と「学び」でつながり、「学び」で支援できる機会を増やしていきたいと思う。

__________________________________________________________

■ 引地 達也みんなの大学校 学長)

1971年生まれ。新聞学博士。毎日新聞記者、共同通信社記者、コミュニケーションに関する大手金融機関やメーカーの組織活性のコンサルタント等を経て、コミュニケーションに関する支援業務を展開。みんなの大学校では要支援者への新しい「学び」を提供し、福祉サービス事業として、就労移行支援事業所みんなの大学校西宮校(兵庫県西宮市)、就労継続支援B型事業所みんなの大学校大田校(東京都大田区)を運営。近著に「ケアメディア論 孤立化した時代を『つなぐ』志向」(ラグーナ出版)