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映画『VORTEX ヴォルテックス』:鑑賞記(小島正憲)

【小島正憲の「読後雑感」】
映画『VORTEX ヴォルテックス』:鑑賞記
 
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

STORY:
映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子はふたりを心配しながらも、家を訪れ金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期の時が近づいていた…。  
(フランス映画 監督:ギャスパー・ノエ)

昨年末、ネット上で高齢者向け話題作として、「VORTEX」という映画をみつけた。そこには、「認知症を患う妻、心臓病を抱える夫、同時進行で映し出される老夫婦人生最期の“死に様”人はどう死んで逝くのか」という宣伝文句も付いていた。

私たち夫婦は、今のところ、認知症や心臓病などとは無関係ではある。けれども、おそらく遠くない時期に同様の事態に陥るだろうと思っている。だから、登場人物の死に様を参考にし、二人でいろいろと取り決めておこうと考え、正月休みに連れだって観に行った。観客はまばらだったが、意外に若い人たちもいた。「彼らは親族の介護問題を抱えているのだろうか」などと、勝手に想像した。

パンフレットには、「スプリットスクリーンの画面分割によって、老夫婦の日常が二つの視点から同時進行で映し出されていく」と書いてあった。今まで、私はこのような映画を観たことがなかったので、観る前から、画面の展開に眼と頭がついていけるか心配だった。

やはり、最初のうちは、二つの画面が違うものを映し出し、それが同時進行していくという展開には、どうしても頭の中がうまくまとまらず、見づらかった。しかし、見続けているうちに、画面にはおのずから主従が想定されており、主画面を80%ぐらいの集中力で見て、従画面の方は20%ほどの力で流して見れば良いことに気が付いた。

高齢者問題を扱った映画だから当然だとも言えるが、老夫婦の日常生活描いたこの映画は画面も暗く、ストーリーも陰鬱としたものだった。しかも一人息子は麻薬の密売人であり、妻とは別居中。その息子が老夫婦のところに、金をせびりにときどき顔を出す。つまり、登場人物のすべてが暗闇の中で生きており、彼らの中にはまともな会話が成り立っていなかった。そしてついに、夫が心臓発作で亡くなり、妻も夫の死という事実の認知が曖昧なままガス自殺を遂げる。これが二人の最期であり、死に様だった。後味の悪い映画だった。

この映画の設定では、老夫婦の若き日の職業は、妻は元精神科医であり、夫は元文芸評論家であった。つまり、二人は共にインテリである。それにもかかわらず、このインテリ夫婦は、自分たちの死に様に対する意見交換や意思統一がまったくできていなかったようだ。心臓病は突然の病だが、認知症は脳血管障害でないかぎり、徐々に進行する病気である。映画では3か月ぐらいで急速に進行したという設定であったが、それでもそこには3か月という余裕期間があったのである。死に様を検討する時間は十分にあったはずである。このインテリ老夫婦は、それをサボった。それだけのことである。

観終わった後、私たち夫婦は、死に様について話し合った。ともに後期高齢者となった身なので、突然死の可能性も大きいが、それならば、死に様は検討するまでもなくあっという間である。がんによる緩やかな死の場合は、準備万端で死に際を迎えることができる。問題は認知症となり、自らの意志を失った場合であるが、それでも余裕時間はある。二人の結論は断食死となった。断食死ならば、周囲の人を自殺幇助罪に巻き込むことはない。しかもすでに私は、断食の練習を何度も繰り返し、その準備を行ってきた。そのうちの何回かは、妻を伴って断行した。私たち夫婦の死に様は、断食死。私はなんども妻に言い聞かせた。

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。