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「もっぱらテクニカル暴落、上昇波の跳躍台に」(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.8
「もっぱらテクニカル暴落、上昇波の跳躍台に」
—ペンス副大統領の「米中冷戦宣言」が不確実性を高めるが、数週間で霧は晴れる

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

■テクニカル主因の暴落、米金利上昇、FRB金融政策は大したリスクではない

Q) 10月4日以降、世界同時株安が突然起こりました。米国S&P指数は一週間で8%下落、日本株式も27年ぶりの高値を付けた10月2日をピークに日経平均は9%、TOPIX8%と、ほぼ同率の下落となりました。この一週間の動きは、今年の2月と似ているという声も多いですね。

武者) そうですね、ほとんど相似形だと思う。つまりファンダメンタルズとは全く関係なく、もっぱらテクニカルな要素が相場を著しく押し下げたということ。
ただ敢えて2月と違うところは、今回は米中軋轢が深刻化し、単なる貿易摩擦から米中冷戦へとはっきり移行したこと、相場下落が始まった10月4日は後で触れますが、マイク・ペンス米国副大統領が事実上の米中冷戦を宣言したその日です。それが不確実性を高めていると思います。

Q) 2月の時は雇用統計発表後に長期金利が上昇してそれが引き金になったという見方もあったようです。今回もアメリカの金利が上昇してきていますけれども金利と株の関係はどう見ていらっしゃいますか?

図表1:年初来主要国株価推移、各国通貨ベース
図表2:2017年以降の米国長期金利と米国株価

武者) その影響を2つに分けて考えなければいけない。
第一は、ポートフォリオの変更を引き起こすもので、それは一過性で心配ない。恐らくヘッジファンドは、前提としている金利水準が変われば、彼らのポートフォリオを大きく変更する必要がでてくる。その結果、連鎖的な株売りが出てくるということがあり得る。
2月も今回も市場コンセンサスを超えた長期金利の上昇により、ポートフォリオのリバランスが起き、それが売り連鎖の引き金を引いたということはあったと思われる。ただ前回同様、CTAやリスクパリティなどのアルゴリズム取引が売り連鎖の主犯人ではないか。

心配しなければならない第二の影響は、金利上昇が経済に悪影響を与えて景気拡大を失速させる可能性。長期的な下落相場になるかは、単純にヘッジファンドのポジションの問題ではなく、それ自身がアメリカの景気拡大を途絶えさせる可能性があるかどうかの見極めですが、今の時点でそれはほとんど考えられない。よってこの株価の下落は決して大きな潮目の転換ではなくテクニカルな調整に過ぎない、と結論付けられる。

Q) トランプ大統領は株が下がったのはFRBの利上げのせいだと仰っています。ここまでの米国株価上昇はトランプ大統領による経済政策が寄与している面も大きいと思うので、株価を意識する大統領による選挙を意識した発言だったのかなとも言われていますが。

武者)トランプ大統領の真意は分からないが、発言が中央銀行への政策介入としてネガティブにとられるのはあきらかですから、単純な無頓着発言ではないと思う。トランプ氏は過剰な引き締め(利上げや資産圧縮)が持続的経済拡大の障害になるという懸念を表明したのであろうが、それは正しい懸念だと武者リサーチは考えている。
現在の技術革命が生産性を高め、供給力の天井が上昇している現状(労働力余剰、資本余剰、供給力過剰の常態化)では、リスクは常に抑制的マクロ政策→総需要抑制→デフレ惹起、という側にある。引き締めを強めるほうが弱めるほうよりリスクが高い、というのがベースラインである。

しかしパウエル議長が繰り返し述べているようにFRBの政策スタンスも、それにほぼ一致している。理屈ではなく実態・データに機敏に対応しながら政策を打っていくということ。
現在の経済実態やインフレ金利の関係は過去と大きく異なっており、過去の常識にとらわれていては、適切な政策が行えないという共通認識がある。想定される自然利子率(=中立金利)は大きく引き下げられている。過度の引き締め?長短金利逆転?リセッションというリスクの回避に全力を注ぐというものは、政権、FRBの共通認識であり、市場は過度に金融政策リスクを心配する必要はない。

図表3:米国長短金利差(イールドカーブ)逆転はまだ先

■「米中冷戦宣言」、冷戦の経済と市場への影響は限定的ということが見えてくる

Q) 今回の株価暴落の背景としてもう一つ、市場が警戒しているのは貿易摩擦ですね。

武者)これは絶対大丈夫だと言えない要素はあります。10月4日ペンス副大統領がハドソン研究所において、非常に厳しい中国批判のスピーチをした。これまでの貿易や経済に限定した批判の枠を超え、政治、軍事、情報、技術、あらゆる面での中国の不公正さを非難した。

WSJ紙は「ペンス副大統領は第二冷戦の開始を宣言した」という論説(ウォルター・ラッセル・ミード氏)を掲載している。全面的な中国封じ込め政策にアメリカが転換したことの宣言であるとの評価だが、武者リサーチもそのように考えている。「いよいよアメリカと中国は根底から戦いの時代に入った。経済や市場関係者は、トランプ政権のこの転換を軽視している、国家安全保障が経済に優先する時代に入っていることを過小評価している」、と論説は主張するがその通りであろう。

Q) 貿易戦争のみならず安全保障のところまでということですよね。

武者) 中国がアメリカに代わって世界の覇権国の立場を狙うと言った時点で、アメリカは容認できないことはあきらかなので、アメリカ政府が対中敵視政策に転換するのは時間の問題である、と何年も前から武者リサーチは主張してきた。いよいよその時が到来したということである。
となると、貿易や経済の問題ではなくて安全保障が関わってくるので下手をすると目先の経済にマイナスの影響を及ぼすというところが起こり得る。これがマーケットの不安心理を高めている。ヘッジファンドはこの不安心理を利用する形で株式の売り仕掛けをしたということも、あったかもしれない。

但しこの問題に関しては、恐らく数週間から数か月の内に霧が晴れると思う。中国に対するアメリカの敵視政策への転換がどのような結果をもたらすかが見えないから不安定である。

しかし、それが当面の経済や米中通商関係を破局させるようなことになる訳がないと考えられ、それが明らかになった時点で安心感が戻ってくると思われる。すでに説明している通り、グローバル・サプライチェーンの中核に位置する中国は、米国にとっても関係を遮断できない相手である。

中国にとっては対米依存度はより強く、その遮断は命とりである。中国の人民元は今年1割下落しているが、それは米国による対中輸入関税10%引き上げは為替によって相殺されていることを意味する。長い目で見てグローバル・サプライチェーンの中で中国の地位が大幅に低下すると考えられるが、当面の経済への影響は限定的と考えてよいのではないか。

図表4:冷戦下でも米中通商は維持される 1 圧倒的米国の対中貿易赤字
図表5:冷戦下でも米中通商は維持される 2 米国半導体メーカーの著しい対中依存

最も重要な判断基準は、米中冷戦が、中国とアメリカの総需要をどう変えるかである。アメリカの総需要が変わることはまずないだろう。他方、中国に一定の影響はあり得る。アメリカは中国を叩き、中国は世界の工場になっている現実をアメリカは否定しようとしている。
もはやこれから中国に投資できないということで中国における投資活動に大きくブレーキがかかる事が起こりつつあるように見える。中国からの工作機械の受注減少等があらわれている。

さらに、当局の外貨締め付けが厳しくなって、例えば中国人が海外に持ち出すお金の量を制限する、あるいは海外企業製品消費(特に米国製品)に対して、政府がネガティブな影響を及ぼす介入をする、などがないとは言えない。それが起こると総需要に若干のマイナスの影響はあると思う。

しかしそれとは逆に、中国政府は預金準備率を相次いで引き下げるとか、財政出動によって景気の失速を回避しようとしている。貿易戦争の最中に景気が底割れしたらそれこそ政府の信認に大きな影響を及ぼすので、景気失速を全力で回避しようとするはずである。貿易戦争はあるけれども、当面の経済への影響は限定的だと分かると、不安が遠のき1、2か月経過すれば、かなりクリアになっていくと思う。

図表6:中国経済は底堅い 1 鉄道貨物輸送量
図表7:中国経済は底堅い 2 電力消費


図表8:中国経済は底堅い 3 粗鋼生産高
図表9:中国経済は底堅い 4 不動産開発投資

Q) ここ数日、欧米の高級ブランド株が下落、中国が海外の輸入ブランド品の規制を強化しているという見方が強まっています。これは中国政府の資本の流出を防ぐ手段と見られていますが、政府が景気をコントロールできているうちは大丈夫と言う事ですね。

武者) 中国は依然として財政出動の余地が極めて大きい。将来は問題になるかもしれないインフラ投資など、とりあえず景気対策の余地がありそれが当面の景気を支えている。過剰投資と思われている不動産投資も、前年比10%程度の増勢が続いている。今起こっている米国株価下落や将来に対する不安は、一過性のものと見て、マーケットは早々に立ち上がっていくだろうと見ています。

■2月や10月のテクニカル的相場下落は景気をむしろ延命させる

Q) 米国株式はかなり騰勢を強めていた面もあったので、ガス抜きになったかもしれません
ね。

武者) 長期的に見て警戒しなければならないことは2つある。1つは景気が失速してリセッションになるという事が見えたら一気にポジションを閉じなければいけない。もう1つはバブル。楽観論が高まりバブル化してそれが崩壊した時には金融市場の逆回転によるリセッションが起こり得る。今はファンダメンタルズからの景気失速はほとんど考えにくい。加えてバブルについては2月も今回の10月も、ちょっと上がると大幅に下落する、というように、警戒感が著しく強い。

バブル化する可能性をマーケットが事前にチェックしているということだから、それはむしろ景気拡大を持続させる要因になりうる。懸念される長期金利の上昇やインフレの加速も、株価が下落することで逆に長期金利が低下する、また株価下落によってコンシューマーコンフィデンスなどが冷却されて景気の過熱を抑える要素になる。今の動きは深刻に構える必要はないと思う。

■海外勢の日本再評価が起きる前夜にある

Q)海外勢の日本株に対するスタンスをどう見ていらっしゃいますか?

武者) 依然として日本株式の潜在的強さを認識していないと思う。海外勢は相変わらず日本は世界経済の劣等生だと思っているが、武者リサーチの分析では日本は世界の優等生だ。企業のビジネスモデル、稼ぐ力という点で、世界最高の評価が適切になされるべきと考える。

図表10:外国人の対日本株投資推移
図表11:東証空売り比率とTOPIX推移

東証出来高の6~7割を占める外国人投資の過半はヘッジファンドなど短期筋の取引であり、長期投資家は日本株式比重をせいぜいニュートラルにとどめている。特に今年は年初来累計で日本株式を売り越している。今回の相場クラッシュは海外の年金など長期投資家が日本株式のポジションを高める契機になるかもしれない。

ただこんな見方もできる。日本に対する直接投資は諸外国に比して著しく小さく、日本は投資障壁が大きな国との歪んだ評価がある。日本企業の対外直接投資が175兆円であるのに対し、海外企業による対日直接投資は29兆円と著しい不均衡となっていることが、その証拠とされている。
確かにM&Aなどに関して日本企業には投資の閉鎖性がある。しかし他方、外国人はものすごい規模で日本株を買っている。外国人の日本株の保有比率は1990年5%前後、2000年18%から毎年増加し今では30%に達している。株式投資で見れば、対外株式投資は86兆円に対して対内株式投資は217兆円と、ここでは逆の著しい不均衡がみられる。

外国人は日本において自らビジネスをするのではなく企業を買う形で日本に対する投資をしていると言える。日本の経営力を外国人が買うということで日本のビジネスに参画する、と言う事が起こってきたわけである。実は外国人が日本の企業のビジネスモデルを評価していることのあらわれと考えられるのではないか。

海外勢の日本企業に対する評価が高いことを日本人が知れば、今度は日本の個人の投資家も株式を買い、市場はいよいよ厚みを増してくると思う。米中冷戦がはっきりしたことによって、日本の世界の地政学上のプレゼンスは著しく高まっている。日本は中国とアメリカの冷戦のどちらが勝つかのカギを握るポジションにいる。日本のポジションが地政学的に有利であるということは、日本の経済やマーケットに対して追い風になる。

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      南川 明 氏  IHSグローバル株式会社 主席アナリスト
      武者 陵司  武者リサーチ 代表

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl