鬚講師の研修日誌(50)
「この時、尊徳翁に学ぶ実践力」
澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)
◆積小為大、金次郎像の教えは足元にある
「積小為大」:この言葉は、先日の地元経営者の学びの仲間で主催したセミナー講師・中桐万里子氏(二宮尊徳7代目子孫・京都大学博士)が説かれた言葉である。
それは単にコツコツやることが大切だというだけでなく、「大事を成さんと欲するものは小事を務むべし」との意味合いがある。
このとき、令和の初年度の企業活動も経営計画が発表され、具体的に取り組む実践へのスタートの時期である。それは、計画が実践の累積によって実像化される第一歩の踏み出しである。
「あーしてこうして計画満点、実行せぬがタマのきキズ」との言葉もあるが、これでは絵に描いた餅であり、なんの付加価値も産まない。
そこで、折良く、中桐氏から二宮尊徳翁の導きの学びから得た「実践のありよう」について着目してみた。
●金次郎の銅像の教えはどんなこと?
実践の尊さを訴求した二宮金次郎の像を観たことがおありだろうか。本を読み(学習)、薪を背負う(勤労)子供の姿である。
中桐氏は解説する。
「貧乏で,やりたことも我慢して勤勉実直、質素倹約の大事さの教えと大概の人は考えています。そうではないのです。もっとも大事なことは足が一歩前に出ていることなんです。行動を起こすことなのです。二宮家では、そう語り継がれてきています」
生家は比較的裕福であったが、大暴風が襲い土石流が所有地の耕地を埋め尽くし、そのため貧困の辛苦が襲った。どう回復するか、味わった屈辱感をバネに以後、農作業に精を出し、夜はむさぼるように本を読み、灯り用の油を荒れ地でアブラナを育て利用したという。貧困から抜け出すために金銭を得ることへの学門にいそしみ、試し、実践を重ねた。
この頃の体験が後世に通用するビジネス感覚、前向きで積極的事業家精神を育んだ時期でもある。
●610余の群落を再建した「再建の神様」
こうして「小を積んで大と為す」の努力を積み重ね、家を再建した。この実力はやがて、農民から幕臣の任となり、610余の郡村落の大飢饉、財政難から多くの人を救い、立て直しを実現した。「再建の神様」と称される功績を残したのである。
ちなみに中桐氏の紹介する壮年の銅像にみる尊徳翁は身長183センチ、体重90kg、いかつい顔、太い眉毛に胸の厚い、エネルギッシュな人であった。到底みすぼらしい金次郎像ではない。そして、禁欲主義者でもないという。たっぷり食べて、たっぷり働くことを推奨したとのことだ。
読者諸氏の企業の姿もこの凜々しい尊徳翁に類していることであろう。更なる進化させていくべき目標に向けた一歩前に出る実践はいかがであろうか。
◆経営計画をキックオフ、即実践に向けた研修の実施
先日、O社の社員研修に出講した。
O社は温水用水中ポンプや海水用オールステンレスポンプメーカーとして、製品開発、製造、販売、保守と一貫とした業務展開の100周年企業である。50人規模の企業でありながらも業界での存在は見事。O社は毎期、経営計画書を作成し、全社員と共にキックオフし、以後掲げた方針、ブレークダウンされた各部署の目標を体系的にフオローしている。
令和元年度は先日キックオフした。今年の方針は「サプライチェーン・マネジメントの導入による利益意識の改善」である。
方針達成への人財育成に関する事項には、小生も長年関わってきた。継続的な関わりはO社長の想い、そしてU統括部長の意図を正しくつかみ、パートナーシップを生かしての支援指導の実践である。中小企業だからこそ、一隅を照らす存在感の強さを高め続けて行くことへの支援指導は楽しい。
早速取り組んだ育成の実践テーマは「コミュニケーションの円滑化」、それは方針に掲げた展開は、全体最適の総合力を高めることであり、そのためには各位の活躍過程ではタテ(上下)、ヨコ(同僚、ライン、前後工程)ナナメ(他部署、他社、顧客)の協力関係の円滑化が条件となる。
そのための必須条件は、コミュニケーションの密度が高いことである。その具体的実践は「報連相」である。案外当たり前のことであるが故に「解っているだろう、らしい、だろう」での無精が多い。
「報連相』の3原則: ①事実を正確に ②わかりやすく ③迅速に
その実践スキルをプレゼンテーションの演習も折り込み支援した。結びは研修での気づき事項と今後への実践の発表とした。
日常の活躍ぶりの自信ある押し出しと、今研修での捉えた更なる向上する実践ヒントを掴み、新たな活力を共有できた研修であった。
◆実践のヒントは「小さな場所に眠っている」、その場所とは
●当たり前のことをみる
「報連相」。当たり前のこと……中桐氏は実践のそのヒントは、
「小さな場所に眠っています。その場所とは慣れきっている、また当たり前と思っているこの現実(場所)です。今一度、しっかりみる(気にかける、なぜ、どうしてそうなっているか)ことによって、その過程(ドラマ)が想像でき、ならば更に、こう活かそうとのヒントを掴み出せます」
と説いた。
このことは、御社にとっての今年度に掲げた計画・目標達成に向けて、「温故創新」(古き良さを活かし新たな創造)の施しの取り組みに通じる。即ち、目標とはできていない状態であり、達成とはできた状態をいう。その過程が変えていく実践である。
従ってPDCAのサイクルもC(検討)からのスタートになる。即ち、現状把握、分析、課題抽出、変えるべき条件を施策としてプランに集約する流れである。
●研修の構成も同様、必ず実践目標に落とし込む
研修の構成も、現状を活躍状態を確認し、「良し、反省、不足」の診断での気づきから、新たな学びによる新たに変えていく術を掴みだす。そして、受講者間での活躍指針をまとめ上げ、各自の実践目標に落とし込む。以後、半年間の実践管理をストーリーとしている。「新たに変えるヒントは新たな学びにより創り出す」が持論だからである。
先日、実施したオートドアーのリーディングカンパニーであるC工業社では、今年度から年度事業計画システムを導入し、より強さある企業活動を推進する。その実践に先駆け、先日、トップ幹部ぐるみで管理職研修を実施した。トップ講話に基づき、研修の結びは事業計画に向けての対応を方向付け、個別の実践目標を設定された。
変わること、まさに新たな実践に一歩踏み出す足である。中桐氏はこの状態を「幸せのスタート」と名付けている。
◆実践の判断は「論語と算盤」
実践。そのことは闇雲に取り組むわけではない。ましてや自分さえ良ければ良い、儲ければ良いということではあるまい。
その判断の軸は何か。ご存じの新札の人物画に選ばれた渋沢栄一の説いた経営哲学に「論語と算盤」(利潤と道徳を調和させること)がある。
尊徳翁の言葉には「道徳を忘れた経済は罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である」との言葉がある。そこには、その生い立ちと共に培われた「実務能力」と、遙か遠く、大きく、そして強く見据えた「お役に立つ心」があった。
だからこそ幾多の困難にあっても、持ち前の熱心さと、智恵と、粘りで這い上がり、610あまりの村の暮らしの苦境を救い、立て直した人なのである。だからこそ、古今多くの企業人達が心酔し実践してきた。
渋沢栄一は尊徳翁が成し遂げた610もの村おこしの実践力に心酔した一人と言われる。とりわけ報徳の教えに基づく実践の導きに影響を受けたようだ。それは,次の4つの実践の筋である。
●報徳の教え
◎至誠=まごころ(誠)を尽くすこと。これが実践の第一である
◎勤労=物事をよく観察して,社会に役立つ行動を実践する事。単に働く事だけを指すのではない。
◎分度=置かれた状況、立場をわきまえ、それぞれにふさわしい生活が必要。贅沢を自ら慎み、自然に使わざる得ないもののみに使う。
◎推醸=分度で残った剰余を将来に向けて貯める(自譲)、他人、社会のために譲る(他譲)実践の教えである。
即ち、経済と道徳の融和を訴求し、私利私欲に走るのでなく、社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されるとのことだ。これは、単なる論理として価値があるものでなく、実践することが真髄との導きである。
尊徳は単に本を読むだけで実践につながらない態度を「単なる本読みになってはいけない」と語ったといわれる。知行合一の教えである。渋沢栄一はこの4つの実践を4つの美徳と捉え、道徳と経済の調和が大切と論じ、後世の経済・産業人に広く伝えた人であると紹介されている。
●「たらいの水」の例話
令和の新しい時代、この報徳の4つの筋道に叶った実践を心することが必要である。それは、昨今の企業・官公庁の不祥事・犯罪動機、〇〇ファース思想……如何が問われる現実だからである。
中桐氏は、今があるのはどれだけ多くの人、自然、道具……の思いを受けてきたのだろうか、と時には見詰め、おかげさま、ありがとうの感謝を成すことは当然である。ならばその報いに応えた先手の恩返しが必要と説く。
それは、報徳の教えに「たらいの水」の例え話がある。
「欲を起こして水を自分のほうにかきよせると、向こうに逃げる。人のためにと向こうに押しやれば、わがほうに還る。金銭も、物質も、人の幸福もまた同じことである」〔(一社)倫理研究所発行万人幸福の栞より〕との内容である。
ふと思いつくのは京セラ・稲盛名誉会長の言葉の「利他主義」である。稲盛氏も尊徳翁の実践からも学んだ人だともいわれる。
●計画が業績にそこには……
さて、新年度方針の軸には、顧客思考、全体(社)最適、社会貢献、おもてなしの心・・・のキーワードも多い。この思想、文化をより強めグッドカンパニーと信頼・と安心を高めて行く本物の企業活動を垣間見ることは嬉しいことである。
「今できることの最高実践を試み、更に智恵を働かせてより進化させていく喜働の実践」が、年度計画を業績として実像化するのである。
◆それがどうした…………
しかしながら、実践を進化させつつ積み重ねていくことは容易ではあるまい。中桐氏は「頑張れば報われることは必ずしもあることではない」と次のように説かれた。
それは本田宗一郎氏の言葉を引用されての話である。
「がんばっていれば、いつか報われる。持ち続けていれば、夢はかなう。
そんなのは幻想だ。たいてい、努力は報われない。たいてい、正義は勝てやしない、
たいてい夢はかなわない。そんなこと、現実の世の中では良くあることだ。
けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。技術開発は失敗が99パーセント。
新しいことをやれば、必ずしくじる。腹が立つ。
だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、何度もやる。
さあ、きのうまでの自分を超えろ。きのうまでのHONDAを超えろ。
負けるもんか」
という内容である。如何であろうか。
がんばれば報われる。尊徳翁はそこには打算が隠れていると説いたとのことだ。見返りを求めず実践する。失敗があるから新たな実践の智恵を生み出す機会。失敗、苦労は人間性の磨きと、人への理解、思いやりを深耕させる=そこには徳を積むとの表現もある。
積小為大とは、諦めない、自己の可能性を信じ実践を重ねたごほうびとして「やったー」の感動をいただけることだ。
実践。本気で厳しく、楽しみをどう追い求めるか……。実に自己との闘いだ。事を為し、語り継がれる人は本物の実践者であろう。そこには知行合一・算盤と論語の融合があってのことである。
令和元年、経営計画の達成に向けて社員各位の立ち位置に応じた最適・最高の実践を為す上でのお役立てとして記してみた。
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東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
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